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黒田愛里 | Airi Kuroda

ポーズは、おどけたり踊っているようでもあり、顔は歪んで笑っていたり、驚いて不審がったり。黒田愛里さんの描く人の群像は、情緒の波の浮沈にいつも忙しそうです。アクリル絵具の発色の輝度、グラデーションと濃淡の豊かさも相まって「パーティイラストレーション」とも呼べるほど現実ばなれしてポップなのに、心へとじんわり染み入り文学的に読み解きたくなる。そんな不思議な味わいが特徴的です。雑誌や広告、アパレルとのコラボなど多彩に活躍しながら、定期的な個展で新作をリリースする他、立体作品や雑貨の制作、ディスプレイのデザインなどイラストレーション本来の魅力を少しずつ拡張する挑戦も欠かしません。2017年は個展「Nommy」(8月22日〜9月10日、西荻窪・ヨロコビtoギャラリー)を開くことに。自分の絵のルーツは、友だちに喜んでもらえた落書きだったという黒田さん。日常のありふれた光景と人の感受性のこすれた地点をすくいとるアートのできるまでと、これからの進化について詳しく伺いました。

photo : Kenta Nakano


 

高校生の落書きから生まれた進路

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絵はどのようなプロセスで制作していますか?

黒田愛里(以下、A):
まず水彩画用紙に鉛筆を使って下描きをしますが、全てのプロセスのなかで下描きに一番時間をかけます。色がない状態でほぼ8割がた仕上げてしまってから、輪郭線を含めアクリル絵具で着彩していきます。下描きの段階で吟味しますので、着彩しないままボツになるものも。立体作品の場合はドール用の粘土を使ってその上にアクリル絵具で着彩し、ニス塗りで仕上げます。お仕事ではデータで送稿することが多いので、描いたあとに色味をパソコン上で少し調整するようになりました。

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イラストレーターになられたきっかけは?

A:
両親はどちらも美大出身だし、私も小さい頃から絵を描くことが好きでした。祖父母がロシア料理店をやっていて、お家のなかに少し異国な雰囲気があったことも影響があるかも知れません。高校の授業中、ノートに描いていた落書きを先生が見て「君は美大に行きなさい」と(笑)。そこで初めて、美大っていいなと思うようになりました。美大を目指して浪人していた時、よく聴いていたバンドが東京工芸大学の方たち中心で、音楽とアートワークを融合させ、しっかりした世界観を保って、きらきら輝いていた。そういう人たちがいる大学がいいなと思って、工芸大を選びました。イラストレーターになりたくて美大に行きたいとか、全くそういうのがなく漠然と、絵を描くのが好きという気持ちで進んでいきましたね。大学で(アーティストの)谷口広樹先生の研究室で学んだ影響も大きいです。TIS(東京イラストレーターズソサエティ)公募で入選し会員に誘われたのがきっかけで、初めてイラストレーターを職業として捉えるようになりました。

暗い気持ちにはさせないよ、が基本

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描くモチーフをどのように決めていますか? それは高校生の頃から変わりましたか?

A:
高校生の頃は、似顔絵のようなものが多かったです。クラスの人とか先生とかをおもしろおかしく、変な感じに(笑)描いていました。そういう絵をきっかけに友だちと話せたり、面白がってもらえるのが嬉しかったですね。文化祭ではクラスTシャツも任せてもらったりして、その頃から絵がコミュニケーションツールになってきたんだと思います。今の作品では、日常生活で見た面白いこととか、気になる体験を描くことが多いですね。写真を撮って資料にする、などというパターン化された方法はありません。写真がなければ覚えている光景で描きますし。あとは、面白いなと思ったワードをきっかけに、タイトル先行で絵を描くことも多いです。例えば「経堂のエクセルシオールで寝ない方法」は当時、勉強に通っていたカフェで、居心地が良すぎて必ず睡魔がやってくることから構想したもの。「そろそろ行きたい植物園」は、自分のなかで多肉植物ブームだった時のもので、本当に自分が行きたいという気持ちだった、それを絵にしています。「タコ・イズ・オーケー」は外人の女性を東京案内していたとき「イカが可愛くて食べられないけど、タコは‥」という実際の会話が面白くてヒントになりました。私の場合、タイトルが面白ければ絵もそのまま面白くなる気がします。

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表情やフォルムに特徴がある顔が多く描かれるのは、なぜですか?

A:
そうですね、整った形はなかなか描かないです。人のボーッとしている顔とか、ちょっと間抜けなところが好き。目が小さかったり、口が曲がっていたりとか、そのほうが可愛らしいと思っちゃう。もし、きれいなタレントさんを題材に描いて、と言われても、きっと自分流になるでしょうね(笑)。人の顔だけではなく、着ている洋服でも、わざとあり得ない柄どおしを組み合わせたり。そのちぐはぐ感こそがかわいいと思うからやります。風景でも同じで、あえて意識的にちょっと曲げて描いていたりすると思います。見ている人をくすくす笑わせたいというのも強いですね。暗い気持ちにはさせないよ、というのは、自分の基本のひとつ。以前の絵は暗い感じもありましたが、最近は明るい色づかいになってきて、輪郭線も明瞭に描き込むものが増えました。

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立体作品やユニークなグッズの発表も多いですね。

A:
瓶に陶器のフタをしたシリーズは、初めての個展の時に物販アイテムとして考えたものでした。私、フリーマーケットめぐりが好きで、ある時フリマでヨーロッパの雑貨のようなものを見て発想しました。実際にお家に飾りたいもの、自分が欲しいものを自分の感覚に合うサイズ感で、イチから作れるのが楽しいです。オーナメントやマグカップ、赤ちゃん用のロンパースなどまで、特に「CINRA.NET」からの提案のものは全てお受けして販売していますから、そちらも見ていただきたいですね。

物語を設定した個展は初めての試み

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今回の個展「Nommy」では、どんな作品が展示されますか?

A:
飲み物が大好きな「Nommy」という架空の男の子を主人公に描いたシリーズ作品が中心になる予定です。Nommyは、恋人とお揃いのドリンクシューズを履いた人気者なんですが、あまりに飲み物が好きなので、友だちの分まで飲んでしまったり、そんな自由奔放で陽気なキャラが特徴です。へんてこで愛しい個性的な友だちも多く登場します。あるお話の設定を作って、それに沿った作品を描いていくことは、一度やってみたかったのですが、今回の個展で初めて挑戦してみました。皆さんがどう感じてくださるか、とても楽しみです。また、展示内容に合わせてワイングラスにオリジナルペイントしたものも販売します。

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近い将来の目標をお聞かせください。

A:
人物を描くだけではなくて、雑誌や広告のお仕事では、風景やモノを描く機会もだいぶ増えてきました。商業ビルのお仕事で、いろんなモチーフを頑張って描いたことが次につながっている感じがします。今はアナログだけでなく、デジタルのほうも頑張って勉強していて、デジタルだからこそできる要素も作品や商品に採り入れながら、やっていきたいですね。入稿して完成形ができたら、それを糧にして、また次のものを良くする。そういう繰り返しで成長できている実感があります。また、もともとファッションが好きなので、テキスタイルに絵を提供するなど、ファッションに通じるお仕事もできたらいいなと思っています。

黒田愛里(くろだあいり)イラストレーター

1989年、東京生まれ。2013年、東京工芸大学芸術学部の卒業制作展でデザイン学科賞を受賞し注目を集める。同大卒業後、イラストレーターとして活動を開始。第10回TIS公募で入選、第11回TIS公募で審査員賞(北見隆氏の一枚)を受賞し、2014年よりTIS会員に。「anan」「OZ magazine」などの雑誌や、お台場ヴィーナスフォート、水戸エクセルなどの広告、国内外のアパレルメーカーとのコラボレーションなどを幅広く手がけている。最近の個展に「この街のこと」(2016年、GALLERY SPEAK FOR)、「Nommy」(2017年、西荻窪・ヨロコビtoギャラリー)。

http://www.kurodaairi.com


「Nommy」展についてはこちら
http://yorocobito-g.com