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白根ゆたんぽ | Yutanpo Shirane

独特のユーモアやエロ、アイロニーを盛り込んだ塗りコミック的なイラストレーションで知られる白根ゆたんぽさん。カートゥーン的なシーンやポートレートを得意とする印象がありますが、彼が抽象画に本格的に取り組んで、GALLERY SPEAK FORにて発表したのが「ゆれの中」展です(2011年7月6日まで)。さまざまな色彩や模様がゆらゆら、ふわふわと混濁しているような絵柄ばかり。しかし、何だか分からなくても、塗り感のディテールや全体の印象から、ふだんの白根さんの絵から受ける楽しさはしっかり受け取ることができるのです。しかも絵は、アクリル、油彩、インクジェットと3通りの見せ方で作られており、不思議さが際立ちます。絵からモチーフを抜き取っても描き手のエッセンスだけは残せる、そんなマジックでしょうか。ギャラリーにお越しいただいた白根さんに、今回のテーマを決めるまでのいきさつと、実際の描き方、「ゆれの後」への意欲などを伺いました。

photo : Kenta Nakano


 

制作はデータで。でもタブロー感が好き

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どのような手法で絵を描いていますか?

白根ゆたんぽ(以下、S):
印刷物になるものは、すべてMacの中でタブレットを使って描いています。コミックタッチなどの線画はPhotoshopで、絵の具の厚塗りのようなタッチはPainterというソフトをメインに使っています。Appleの「mobile.me」の前身「.Mac」のサービスが開始された頃からサーバ上でイラストデータの受け渡しもするようになり、自然と作品もデータで制作するようになりました。ただ、展示の時などキャンバス出力も展示するのですが、「タブロー(絵画)感」が好きなので、見にきてくれた人にも楽しんでもらえるかと思い、キャンバスに絵の具で描いたりもしています。

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イラストレーターになられたいきさつは?

S:
パルコが主催するコンペ「日本グラフィック展」などで大きな賞を取って(当時言うところの)アーティストになりたいと思っていたのですが、専門学校卒業と同時にグラフィック展の終了やバブルの終焉などがあり、どうやら華やかな仕事は簡単にはつけなそうだな、と。そこで絵を使って何か生計を立てられないかと思い、イラストに考えが向かいました、同時に「イラストレーション」誌の誌上コンペ「ザ・チョイス」の存在と、その時に大賞を取った竹屋すごろく(ヒロ杉山氏の別ペンネーム)さんの存在を知り、こういう感じで仕事ができるなら面白そうなので試してみよう、とイラストレーターを目指したんです。その後は、好きなイラストレーターさんのところへ持ち込みに行ったり、グループ展やイベントに参加しつつ、パルコが発行していたフリーペーパー「GOMES」の編集部でのバイトをやったりで、じょじょに、じょじょに、という感じです。

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今の絵や作風に影響を与えたのは、どんなカルチャー体験でしたか?

S:
当時ちょこちょこお手伝いをさせていただいたヒロ杉山さんが、「近代芸術集団」というユニットを組んでいて、そこから現代美術の世界を色々と知るようになりました。現代美術やアート系の洋書は当時から好きです。現代美術はポップなものからミニマルなものや硬派な印象のものまで、いろいろと好きな作家がいます。展覧会を見るのも好きですが、作品だけでなく、額装やキャンバスの厚さ、釘の打ち方、解説パネルの貼り方や構成など、展示そのもののディテールを見るのも好きなんです。あとは、映画で海外の文化、風俗などを垣間みるのが好きですね。昭和のマンガ、アニメは自分にとって「影響」というよりも「環境」。その空気を吸って育ち体に染み込んでいる感じで、特にこれという特定が難しいですね。最近の深夜アニメ感はあえて取り込んだりする時もあります。また、マンガだと上條淳士さんなどの、絵の上手い系が好きだったりします。

空気感を表現しやすい抽象画。「3.11」の後に

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「ゆれの中」展の内容を決めた動機を教えてください。

S:
今までの仕事の中でも、今回の表現につながるような絵をいくつか描いていたり、人物の背景に抽象パターンを入れたりということはやっていたんです。そこを広げてみたいという興味があったので、次に個展をやるなら抽象画、と自然に決めていました。具象画だと、モチーフやアイテム、その雰囲気などで、絵を組んだ時に見る人の興味がそこにいってしまい、世界観を伝えるためには有効だと思うのですが、そこだけの印象や先入観で見られてしまうという部分もあります。そういう、見る人が頼るヒントやきっかけを取っ払いたい、という気分もありました。同時に、単純にその絵組みにかける労力から自由になりたい、ということも。こうしたことを考えていたのは昨年の中頃なので、震災との関連はありません。ただ個展の開催が決まった後に「3.11」があり、それ以降の状況と展示の内容を切り離すことはできないな、という気持ちと、抽象表現であれば具体的な内容やメッセージよりも空気感や雰囲気を表現するのに有効かもしれない、と判断して展示のコンセプトを固めました。

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アクリル画、油絵、インクジェット出力と、3通りの手法を使われていますね。

S:
タブロー感は残したかったのと、見にきてくれた方へのサービス(笑)という感じでしょうか。バラエティに富んでいた方がより楽しめるかと。実際、アクリル、油、インクジェットの質感の違いを見比べて楽しんでくれる方もいて、やって良かったと思っています。また、「タブローといえば油絵だろう」というイメージというか憧れのようなものがありまして(笑)。あまり描いたことがなかったのですが、チャレンジしてみました。

増やしてみた引き出しが、さらに深く

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抽象画は何をどんな色でどう描くか、自由なだけに難しいように見えます。

S:
ふだんの具象は線画のラフから進めて、塗り絵のように色を後から埋めていく感じで絵を組み立てるのですが、今回のような絵の場合は、色と形を同時にPC上で簡単にスケッチしていき、それを元に仕上げに進んでいきます。絵の具で描く時も、始めにPCの中でスケッチしてからキャンバスに移行させます。自分でも論理的には分からないのですが、描いてみると「これはアリ」「これは無し」の判断が自分の中であり、その細かい判断の連続で絵が仕上がります。絵の止め時も自然と「ここでOK」という判断ができるんです。その辺の感覚は、具象画で積み重ねてきた技術によるものなのかもしれませんね。

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今後について教えてください。抽象画も続けていきますか?

S:
「自分が描ける絵の探求」という面からすると、もちろん続けたいですね。今回の展示で、ひとつ増やしてみた引き出しがさらに深くなった感じがあるのと、見にきてくれた方が、こちらが懸念していたよりもスムースに絵を楽しんでもらっている感じがして、自信にもつながったので、展開できる機会と場所があればやっていきたいです。今は、通常仕事でやっている線画、塗り込みのタッチと今回の展示でやったような抽象表現の他にも、「もっとラフに軽めに描いた線画」というジャンルも増やしている最中でして、それら各世界をそれぞれ広げていければいいかと。絵の描き方や対象を変えていく行為は、今続けている仕事を新鮮に捉え続けるためにも必要だと思っているので、いろいろと可能性を追求したいと思います。次に展示をやるとしたら、今度はすごくリアルなボートレートだけの展示かもしれませんし、くだけたコミックタッチのイラスト展だったりするかもしれません。ともかく、そういう変化への姿勢は、常に軽くしておきたいですね。

白根ゆたんぽ(イラストレーター)

1968年、埼玉県生まれ。桑沢デザイン研究所グラフィック研究科卒業後、フリーのイラストレーターとなる。雑誌「With」「BICYCLE NAVI」「きらら」で挿画を連載中。他に書籍装画やCDジャケット、広告などで活躍を続ける一方、グループ展などにも積極的に参加。2009年11月、GALLERY SPEAK FORにて個展「YUROOM HISTORY」を開催。著書に「ナマぬル -パノラマエディション-」「RANGOON RADIO」(共著)がある。今井トゥーンズ氏とのユニット、「YUTOONZ」としての活動も話題に。

http://yuroom.jp


「ゆれの中」展についてはこちら
http://blog.galleryspeakfor.com/?eid=551


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