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網中いづる | Izuru Aminaka

のびやかな筆致で輪郭を味わい深くとどめ、甘いタッチの色彩感覚で味付けされたイラストレーションで人気が高い、網中いづるさん。クラシックな絵本の世界のようでもあり、また、ドリーミーさをアピールするファッションショーのインビテーションカードを見ているような気分にもなります。今年はフリーランスとして活動を始めて10年、という節目の年ということで、GALLERY SPEAK FORでの個展「So many memories」(2011年7月22日から8月3日まで)では、おもにこれまでのメモリアルワークスを再編集して見せる場になるそうです。アパレルショップの店員時代に絵の才能を見出され、社内の隠れアーティストから本当にイラストレーターの道へと歩み出した網中さん。個展の内容を伺いながら、その独特の作風にたどり着いた背景、イラストレーターになったいきさつや、1枚の絵が生まれるまでのプロセスなどもお聞きしてみました。

photo : Kenta Nakano


 

アパレルの現場で見出された、落書きのような絵

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網中さんの絵の描き方は?

網中いづる(以下、A):
リキテックスのアクリルを使うことが多いですが、メーカーやブランドにこだわりません。何でも使いますよ。お仕事によってはマーカーペンで描いたり、鉛筆だけの時も。筆の太さとか堅さも決まっていないですね。高価なものを厳選して、というよりは数をいっぱい持っていて(筆立てに)びっちり詰まっているのが嬉しいというタイプ(笑)。手描きの道具はあれこれ試すのが好きですが、Macを使っての制作などはまだまだちょっと。本当に疎くて、メールするのがやっとですね。デジタルに関することは全て家族に頼んだりしています。

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子どもの頃から絵が好きでしたか?

A:
はい、大好きで、ずっとその辺の紙の裏に朝から晩まで絵を描いていたみたいです。ちょうど家のそばにお絵描き教室があって、4歳か5歳の頃からはそこで絵を習っていました。幼稚園で入る前に絵の具セットを買ってもらって嬉しかったです。絵の具との付き合いはすごく長いんですよ。そこでは版画や粘土なんかもやりましたが、絵の具の時が一番楽しかった。引っ越したのでその教室通いは2年ぐらいで終わり、その後は自己流でどんどん描いていきました。私の妹は全く絵を描かないんですが、彼女に着せ替え人形の絵を描いてあげたりして、とても喜ばれていたのを覚えています。

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イラストレーターになったきっかけは?

A:
絵は趣味に過ぎなかったのですが、社会人になって甦ってきました。ユナイテッドアローズの社員として働いていた時に、私の落書きのような絵を見たスタッフから、お店のポストカードや印刷物に描いてみないかと言われたのです。それが好評をいただいて、だんだんと描く機会が増えてきたんです。靴のお手入れ方法の手引きとか、新店オープンの時に配るものとか、ウィンドウディスプレイの背景なども。社内で次第にイラストレーターっぽくなっていったんですよ。でも、プロから見て恥ずかしいものを描いているとしたら嫌ですし、自分の絵をもう一度きちんとやりたいという気持ちも大きくなっていたので、勤務のかたわらセツ・モードセミナーに通ったり、コンペに応募してみたり。幸い、ペーター賞を99年にいただき、雑誌にも取り上げられて次第に忙しくなってきました。会社も応援してくれて、外部の仕事も許可をもらってしばらく両立させていましたが、2001年の暮れ、初個展を機に退社しました。

空気感を伝える、のびのび感

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筆致は大胆ですが、モチーフや色彩感は繊細な絵が多いですね。

A:
そうですか? 自分では力強いとか、男っぽいかなと思っているんですが(笑)。輪郭のあいまいなトーンを指して、よくそう言われるんですよね。そもそも会社員時代に描いていたのは、ペンの落書きみたいなものだったので、初期はモノクロばかりで、だんだんと絵の具を使いカラーでも描くようになりましたね。洋服のリテールの現場にたずさわっていたことで逆に、説明的でスタイル画のような絵でなくとも、ムードだけ定着していればいいんじゃないか、人や物のただずまいや空気感が伝わればいいのでは、と思っているところはあると思います。以前、子どもの頃の絵と今の絵を合わせて展示する、という企画展に参加したのですが、私の子どもの頃の絵を見た人が「昨日描いたんじゃないの!?」と驚いていました。もちろん描写する力はまるきり違いますけど、筆の運びが同じように見えるらしいんですよ。そんな子どもらしいのびのび感は今もあるのかなと思っています。

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では、絵は日夜どんどん生まれていくんですか?

A:
完成までには案外時間がかかります。筆を持ったら一気に描くことが多いですし、塗りが厚い絵ではないので、描くのはずいぶん速いほうだと言われますが、準備の時間は長いんです。依頼されるテーマによっては全く知らない分野だったりしますから、例えばバレエをテーマにした絵本であれば何回も舞台に足を運んだり、調べたり。その取材期間も含めると、だいぶ長い時間をかけていることになりますね。1枚描いて、後から何度か描き足したり、何枚も描いた中からベストの1枚を選ぶこともあります。

思い出が詰まった作品を、再編集

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「So many memories」展はどんな内容になりますか?

A:
今までは、本のリリースに合わせた原画展や新作展が多かったんですが、今回は会場も広いですし、フリーになってからちょうど10年になったので、自分の様々な作品を振り返って編集してみようと思います。タイトルの通り、自分のお仕事の節目ごとの思い出が詰まった作品や、個人的な思い入れのある作品をあらためて展示して、自分でも客観的に見てみたいと思うんです。リリース用のメインビジュアルは、描きおろしたものです。女の子がお誕生日の王冠をかぶったような、ちょっとアニバーサリー的なものにしてみました。ファッションイラストレーション寄りの、線画の新作も描きおろして、ZINEも作りたいと考えています。

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展覧会の後に決まっていることがあれば教えてください。

A:
ふだんは仕事としての絵を描くのでいっぱいいっぱいですね。ただ、友人たちと定期的に展覧会をしたり、印刷物を作ったりすることがあります。リトルプレスからも興味深いオファーをいただくので、今年も新しく何か作れたらいいなと思っています。それと最近、お絵描き教室で子どもに絵を教える機会があって、面白いですよ。池袋のカルチャーセンターで、月に1回ずつ半年に6回だけなんですが、私も絵を習っていたし、お話をいただいた時にすぐ、やってみようと思いました。子どもたちといる時間って、ものすごくパワフルですよね。小さな手から作品がどんどんできるんですよ。それも、いい絵が生まれていくので、いつも感動しながら接しています。自分の原点に帰るようなエネルギーをもらえますから、それはできれば続けていきたいですね。

網中いづる(イラストレーター)

1968年生まれ。アパレル会社勤務を経て2002年にイラストレーターとして独立。エディトリアルを中心にファッションブランドへのデザイン提供など幅広く活動中。第4回ペーター賞、第38回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。装画に「完訳クラシック 赤毛のアン」シリーズ(講談社文庫)、「プリンセス・ダイアリー」シリーズ(河出書房新社)、絵本「むく鳥のゆめ」(浜田廣介・作/集英社)、「ぞうの せなか」(秋元康・作/講談社)、「アンデルセン童話 赤いくつ」(角田光代・文/フェリシモ出版)他多数。

http://www.izuru.net/


「So many memories」展についてはこちら
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