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佐原和人 | Kazuhito Sahara

人の眼は、はっきりした形だけを受け入れているわけではなさそうです。輪郭がぼんやりした、とりとめもない幻想のようなものこそ、心眼にすんなり映り留まることもあります。そんなことを教えてくれるのが、佐原和人さんの絵。水を多用したまどろむようなタッチの絵は、抽象と具象、絵画と映像の中間点に浮遊する不思議な美をもって私たちの五感をインスパイアします。最近では香りのワークショップも共同主宰するなど、絵によるアクションをさまざまな隣接分野へとつなげる活動もしていますが、彼の近作紹介と活動報告となるのが、個展「目にはさやかに見えねども」(GALLERY SPEAK FORにて、2013年3月29日〜4月10日)です。絵に向かう独特な作法や今回のユニークなタイトルに込めた意図、そしてアートの持てる力をより活かしていく夢などについて、佐原さんにお話を伺いました。

photo : Kenta Nakano


 

水溶性画材との出会い、独学での開拓

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どのように絵を描いているか、教えてください。

佐原和人(以下、K):
基本的には、絵画作品と映像作品を作っています。絵は、透明水彩やアクリル絵具など水溶性の絵具を使って描いていますが、水をたっぷり使うんです。昔の大和絵とか、俵屋宗達など琳派の絵のじゅわっとした感じは、垂らし込みという技法ですけど、その垂らし込みを使おうと思うと、絵具に水をたっぷり入れて、床に寝かせた画面の上に、どっと色水を置くような形になるので、乾くのに丸一日かかってしまうんです。だからだいたい僕は午前中に絵を描きます。昼間は講師の仕事などもあるので外に出て、外で得られる刺激を持ち帰ってまた次の日、作品に活かす、というサイクルでやっています。また午前中のほうが、光が安定してきれいで色相が狂って見えないという理由もあります。

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絵を描き、アーティストになったいきさつは?

K:
高校まではずっと体育会系の部活動をやっていたんです。体を動かすのが好きだったし、高校まではやりたいことをやっていようと思っていて。でも高校3年の2学期で部活は引退になって、その後の進路を考えた時に、やはり絵が描きたいと思いました。描いていなかったけど、小さい頃から描きたかったんです。そこには父の影響がありました。父は水彩画家ですから、回りに絵がある環境で育ちましたので。最初は水溶性の画材ではなく、油絵を描いていました。大学へ行こうと思っても、水彩画科ってないんです。一番近いのは油だったので油画科を目指したんですけど、水と油というくらいなので(笑)やっぱり違う。そこで美大には行かずに独学で始めることにしました。油を描いたり、石膏デッサン、クロッキーなど基本的なことをひととおり全部やって、それでも水彩が自分に一番しっくりきた。表現したいものが、水を使った時に一番ぴたっとくるので。だんだん他の画材を使うことが減り、今はその水を使った画材だけになっています。

スケッチ帳でなく、カメラのシャッター

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何を描くかについて、目覚めたきっかけはありますか?

K:
何を描いていいのか、最初はさっぱり分かりませんでした。その頃、二十歳ちょっと前の時、抽象表現主義という展覧会を見たんです。それはジャクソン・ポロックやアーシル・ゴーキーなど50年代アメリカの抽象表現に類する作家たちの展覧会だったんですけど、それを見て、こんなに自由なことでいいんだと。ポロックなんて自分のモーションそのものを絵にしている。僕もずっと体を動かすことが好きでしたから、自分の体を動かして絵ができるんだ、と、そこで自由になりました。表現したいことをぶつけていいんだと分かったので、それは大きいきっかけでしたね。そこから、何が表現したのかを、体を通してずっと模索していくような感じでした。

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どんな時に絵のイメージが浮かびますか?

K:
僕はスケッチ帳ではなくて、コンパクトデジタルカメラを必ず持ち歩いています。何かが気になった時、一日に1回はシャッターを押すという決まりにして、もう10年以上は撮りためています。撮った写真を加工してどうこうすることはなく、資料として撮りたまっていくだけですが、シャッターを押した記憶だけ頼りに、後で絵を作っていったりするんですね。パソコンの画面上にずらっと並べた時に、あれ、最近空ばっかり撮っているなとか、自分を客観的に見るための道具にもなるし、シャッターを押した瞬間がよみがえれば、その前後も思い出せる。この時、こんなことをしていてこんな気分になったんだ、というのも。音を聴いたり香りを嗅いだりしただけでも、五感全てがそのきっかけでよみがえることがありますよね。そうしたメモがわりに使うのが僕にとってのカメラです。

香りが描かせてくれた絵

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今回の展覧会の内容を教えてください。

K:
藤原敏行の有名な和歌「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」からタイトルを取りました。見えなくてもそこに存在しているものって、たくさんあると思うんです。記憶や感情の揺れ、他人との相性など。そういうものを表現できないかと思って僕は絵に向き合ってきました。今回はまず香りがテーマです。2011年にアロマサロンで展示をした機会に、アロマセラピストの方と出会いました。その方は「ワンピース倶楽部」というアートコレクター組織の会員で、僕も香りには興味を持っていたので、香りを見える形にできるプロジェクトを一緒に、ということになり「観香倶楽部」というワークショップを始めたんです。1回めはまず参加者たちがアロマセラピストの方の指導のもとに、みなさんそれぞれ任意の僕の絵から受けた印象で香りを作ってもらいました。2回目はグループみんなで話をして、どれかひとつ絵の香りを作った。次に、僕がその香りを嗅いで絵を描いたんです。その時の一連の下絵を完成させたものが今回発表する作品になります。これまでは抽象的なものを描くことが多かったんですが、このシリーズでは香りを嗅いだ瞬間、浮かんで出てきたものに忠実に描いているつもりです。ほとんど丸い形の絵になりました。アロマの道具は丸い形のものが多いし、描きたいイメージに丸が一番しっくりきたんです。展示のもうひとつの柱は、絵画と映像の中間的な作品シリーズです。絵を見るのと同じ感覚で見られる映像、映像のようにその前に居続けることを強いず、近づいたり離れたり、自分のタイミングで見られるような動く絵画ともいえるような作品で、それを「モーションピクチャー」ではなく「モーションペインティング」と名付けたのですが、それらの近作シリーズも展示します。昨年スウェーデンでのグループ展で発表したもので、日本では初めて展示するシリーズになります。

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物販アイテムについてもご紹介ください。

K:
観香倶楽部の活動からできあがった作品を、作品集にしました。そのワークショップの作品が15点あるので、それを全て収録した24ページのものです。共同主宰しているアートセラピストのおふたりのテキストも収めて、観香倶楽部を分かりやすく伝えられるような作品集にしたつもりです。また、初めてオリジナルでiPhoneケースもデザインしましたので、そちらも手にとって見ていただきたいですね。

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今後の活動の目標や、将来の夢をお聞かせください。

K:
もちろん制作はずっと続けていく一生の仕事ですが、もうひとつ一生の仕事にしたいものが最近できました。昨年スウェーデンで展示をした時にストックホルムのカロリンスカ医科大学にあるアストリッド・リンドグレーン子ども病院を見せていただいたんです。そこは子どもたちの疾病を治すだけではなく、心のケアも必要だとの考えから、壁にアートの要素を積極的に取り入れたり、遊びを通じたケアにも取り組んでいます。プレイセラピーと呼ぶそうですが、子どもの目線でいろんなものが設定されていて、日本ではまずお目にかかれない試みでした。病院にいて楽しいと思った感覚が初めてで、まさにアートが実際に役に立っている現場だなあと思ったんです。スウェーデンでは法律も整っていて、世界で初めてそのようなことが実現できたそうですが、日本でもこのような取り組みができないか僕も貢献していきたいと思っています。また、アーティストたちによる子ども向けワークショップ「一時画伯」に僕も参加していて、雪に絵を描いていく「花雪」というプロジェクトを提案しているのですが、こうしたことも今後続けていきたいですね。

佐原和人(アーティスト)

1975年、東京生まれ。水彩、アクリルなど水溶性の画材を使い、絵画作品や映像作品を手がけている。最近のおもな個展に「In Motion」(2011年、GALLERY SPEAK FOR)「Phantom Windows 見たて窓」(2012年、MUJI Cafe 新宿)がある。その他、2012年にスウェーデンのグループ展「Japansk Grafik」(Leksands Kulturhus)に参加、LUMINE meets ART(ルミネ有楽町店)で映像作品の上映をするなど、国内外で様々なコラボレーションを重ねている。東邦大学非常勤講師。

http://www.web-sahara.com/


「目にはさやかに見えねども」展についてはこちら
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