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アチム・リポット | Achim Lippoth

ディーゼルやリトル マーク ジェイコブスなど、子どもたちをキャスティングした広告写真で著名なドイツのフォトグラファー、アチム・リポット氏。時に60年代の家族写真のようなノスタルジックなスタイルだったり、ハリウッドのSF映画のように大きな仕掛けを駆使したドラマティックなものだったり、楽しく深い構想力の中で子どもたちを包んでいきいきと活かす、そんな撮り口に定評があります。その創作活動のベースにあるのは、自身が18年も出し続けているファッション誌「kid's wear」。ドイツの文化都市ケルンを拠点にしつつ、子どもや子ども服をクリエイティブの源泉として捉え、その姿勢に賛同する世界中の著名アーティストたちから寄稿を得て続けてきました。彼がそこで定期的に発表しているフォトストーリーは作品としても優れたプリントで、これまでGALLERY SPEAK FORでの二度の個展で紹介されていますが、このたび2年ぶりに写真展「Childness」を開催することになりました(2013年8月9日〜28日)。キャリアが始った経緯や、なぜ子どもたちを活かしながら撮れるのか、そして今回の写真展の見どころなどを詳しく語っていただきました。

photo : kid's wear magazine


 

表面的な愛想ではもたない、子どもとの信頼

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フォトグラファーになった経緯を教えてください。

アチム・リポット(以下、A):
僕は誰のアシスタントもしたことがないんです。大学を出てすぐフリーランスになりました。だから自分で模索しながらスタイルを作り上げてきたし、どんな写真家からも影響を受けなくてすんだのかも知れません。最初の大きな仕事は1992年、友人と一緒に出資者を見つけ「ジュニア・ファッション」という雑誌を作って、その撮影をしたことでした。ところが出資者が「やはりリスクを負いたくない」と言い出し2号目が出せなくなった。僕は2号目の撮影も済ませていたので、支援者を探そうとそれらの写真をポートフォリオに入れて隣のデュッセルドルフに行ったんです。ケルンには広告や出版のエージェンシーは少ないけれど、デュッセルドルフにはあった。そこで出会ったのが、今やドイツでトップエージェンシーに成長したスザンナ・ブランチです。彼女は「子どもを撮っているのが面白い」と気に入ってくれて、すぐエージェンシーの仲間に加えてくれました。自分の仕事範囲を大きくするためには非常に良かったのですが、しかし彼女のエージェンシーは広告しか扱いません。そこで僕は新しい雑誌を自前で出そうと考え始めたわけです。それが「kid's wear」でした。

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おもに子どもを被写体に撮られています。それはどうしてですか?

A:
もともと子どもが好きで、サッカーなどを教えるのも上手でした。大学に入るまでは教師になるつもりだったんです。自分が子どもに好かれる天性のようなものを持っていると、いつも感じていました。アフリカに行ってもブラジルに行っても、いつも子どもたちが寄ってくる。これは言葉で説明できることではなく、持って生まれた性格とか性分なのでしょう。大人のファッションの世界だと時に、見栄を張ったりお世辞を言ったり、うわべだけの世界に見えることもありますね。それは本当に疲れるけれど、子どもとコミュニケーションするには自然でいなければいけない。表面的なお愛想だけでは、もたないんです。

洗練とリアリティを両立させたい

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他のフォトグラファーが撮る子どもの写真と、あなたの写真との違いはどういう点にあると思いますか?


撮影中のリポット氏(中央)

A:
それぞれが撮る写真には、子どもとのコミュニケーションの質や距離感が反映するでしょう。僕が撮る子どもたちの写真には、彼らの生の姿が出ていると思います。僕は大人の言葉を彼ら向きにアレンジして話したりしないし、本当に直に接するようにしています。その点については、生まれながらにして子どもたちとうまくコミュニケートできる能力に恵まれたというしかないですね。僕にはルポルタージュ的な写真シリーズも多いですが、それらはフィクションと現実の間にあるものです。現実の世界をただ写すのではなくて、つかんだシーンを完璧なライティングやシチュエーションで再構築して撮っている。真実を追っていても、美的な面で妥協したくはないのです。フィクションでもノンフィクションでも、僕は洗練されたものが好きです。逆に、洗練が求められるファッション写真であっても、リアリティを捨て去らないように撮りたいと思っています。例えば、子どもたちに実際にスペクタクル映画を見せて、夢中になっている表情の写真を撮ったり。そうすることで、人に言われて演じていては絶対に出てこない表情の面白さが撮れるのです。

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「kid's wear」誌を長く継続してきての感想は?

A:
95年に創刊したので、もうすぐ20周年です。当初はとにかく、自分の写真をコンスタントに発表できるプラットフォームが欲しいというのが動機のひとつでした。写真を発表できる自前の雑誌があるということは大きいですね。コンスタントに撮影ができる。浮かぶアイディアを捨てずに形にできるわけです。「milk」など子どもファッション誌がまだ多くはなかった当時としては、先駆的なメディアだったと思います。もちろん僕だけの発表の場ではありません。多くのフォトグラファーたちが趣旨に賛同し寄稿してくれます。ブルース・ウェーバーには、世界で最も美しい雑誌だと言っていただきました。ナン・ゴールディンやマーティン・パーも寄稿してくれます。読者にはアートディレクターやデザイナー、広告業界人も多く、H&Mのストックホルム本社にあるデザインルームで「kid's wear」のページが壁中に貼ってあるのを見たときは嬉しかったですね。大きい組織によらないインディペンデント誌としては、クオリティをキープしつつ成功している方ではないでしょうか。写真だけでなく、ドローイングやテキスト面の充実にも手間をかけています。

雑誌は次の成長へ、写真で多様なチャレンジへ

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今回の展覧会の内容についてご紹介ください。

A:
おもに4つの近作シリーズから抜粋して展示する構成です。メインビジュアルとして選んだのは「Consolation(慰め)」のシリーズ。家族の絆や子ども時代の追憶がテーマになっています。なんとなく60年代の架空の家庭をイメージしました。寂しさや深刻な葛藤なども滲んでいますが、そこに時おり明るい救いも感じていただけると思います。「Phytology」は美しい花や植物たちと子どもの服やムードを対比させるように描いた作品で、ケルンの植物園「DIE FLORA」で撮影しました。イギリスの高名な詩人、アルフレッド・テニスンの詩にインスパイアされて撮影したのが「The deserted House」です。ティーンエイジャーの反抗的な側面を思い浮かべるでしょう。この時には写真だけではなく映像も撮影したんですよ。「Caroline Bosmans」は文字通り、ベルギーの新進デザイナー、キャロライン・ボスマンによる前衛的な子ども服の作品「Cow Cow and Cows」を撮影したもの。写真の上にもうひとつのレイヤーを合成処理させることで、まるで地球外から届いたポストカードのように仕上げています。

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今後の予定について教えてください。

A:
「kid's wear」は次号(38号)でさらに成長させようと思っています。世界のベストフォトグラファーたちの写真をフィーチャーした、約500ページもの内容になるでしょう。記念すべき号になるはずです。ただ僕としては、子どもたちの写真だけを撮っていくわけではありません。広告や旅行ルポ、建築、そしてインテリアにも興味があります。確かに子どもの雑誌がベースになりますが、いつも違ったことを手がけたいと思っています。違うシチュエーション、違うテクニック、違うカメラ、違うテーマ、違う雑誌…。その都度、ベストな写真が撮れればと願っています。それに自分のイメージが固まってしまうのは嫌だし、様々な違うことに関わる方がずっと面白いですからね。

アチム・リポット(Achim Lippoth)フォトグラファー

1968年、ドイツ・イルスホーヘン生まれ。マンチェスター・バイロン大学、ケルン大学で学んだ後、フリーランスのフォトグラファーに。優れた子どもポートレートとファッションフォトで独自のジャンルを築く。95年、子ども服をクリエイティブな視点から扱う「kid's wear」誌を創刊。そのディレクターとなる。同誌をベースに多くのファッション誌、インテリア誌などで活躍中。トミー ヒルフィガーやリトル マーク ジェイコブス、ディーゼルなど数多くの広告を手がけている。2007年、写真集「Achim Lippoth」を発表。近年は映像ディレクターとしても活動中。

http://www.lippoth.com/


「Childness」展についてはこちら
http://blog.galleryspeakfor.com/?eid=603