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福井直子 | Naoko Fukui

あたたかな陽光や、夕暮れ直前の深い青みをたたえた空など、シーンの情景がほのぼのと伝わってくるカラフルな絵は、どれも絵本のワンシーンのよう。アーティスト、福井直子さんは油画から大胆に転生したメディアミックスで、独特の可愛らしい世界を作り上げてきました。キャンバス上は、絵筆だけでなくビーズ刺繍やスパンコール、糸、布などの素材も駆使し、手芸的センスの応用を得ることで、凹凸豊かに描画されています。さらに、部屋全体を絵が浸食するような大きな表現をしたかと思うと、女の子が誰しも夢中になりそうなブローチやチャームなどの仕様で小さな絵を作るなど、巨細、自由な振り幅のアクティビティで、アート業界だけでなくデザイン方面からも注目を集めてきたのです。GALLERY SPEAK FORでの個展「夢を見るライオン」(2013年10月25日〜11月6日)は、これまでの創作報告と新作披露の貴重な機会に。代官山にお越しいただいた福井さんに、今の「創り方」に至ったわけを伺いました。

photo : Kenta Nakano


 

バンクーバーで覚醒した手芸女子

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絵の表面に糸などの素材が見えます。どのようなプロセスで描くのですか?

福井直子(以下、F):
まずキャンバス自体から作り始めます。木枠を組み立て麻布を張り、自分で調合したエマルジョンを塗る支持体づくりですね。普通の油性地のキャンバスより吸収性を高めて、油独特のテカリを抑えているんです。そのせいで、私の絵はよくアクリル画に間違えられますが、実際にはどれも油です。しかもベーシックな絵具だけで、発色を効かせる箇所でも蛍光絵具などは使いません。絵に刺繍を加える場合は、描き終えて1週間くらいして完全に乾いてから。できあがった絵を見て加筆するように刺繍をします。筆で描いている段階でここに刺繍をしようと決めることもありますし、絵によってプロセスは違いますね。大学生の頃はいちから絵を設計していたのですが、段階ごとに決まっているタスクをこなすのではつまらなくなってきて。ある時からぶっつけ本番でその都度画面と対話しながら考えて描こうと今の描き方になり、ずいぶん描くのが楽しくなってきました。

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絵具以外のパーツ固定には、接着剤も使っていますか?

F:
いえ、どれも糸で縫っているんです。私がアクリル絵具を使わなかったり、ボンドを使わないというのは、基本的に「残したい」からなんですよ。アクリル絵具では退色があるかも知れない。ボンドでつけたものは何年か後にとれるかも知れないけれど、油絵は何世紀も昔から残っているし、糸で縫いつければとれないと思って。自分が死んでも残っているような(笑)、堅牢な物作りをしたい願望があるんだと思います。

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今の画風にたどり着いたのは、いつですか?

F:
絵を描くより、何かを作るのが好きだったんです。祖母や母は裁縫がすごく得意で、その隣でずっと見ていた私も小学生の時からスカートやカバンを作ったり、編みものをしていました。母は、ものは買ってくれないけど、布とかビーズなどの素材はいっぱい買ってくれるんですよ。好きに作っていいから、と。おおまかには、今の自分もその延長線上です。絵は美術系の高校を受験するときに初めて先生について基礎を習い、だんだんに関わりが深くなりました。手芸的なものと絵を描くことは私の中で別々のものでしたが、いつの間にか一緒になっちゃった。学生時代、バンクーバーに留学していた友だちに会おうと、そのホストファミリー宅へ遊びに行ったのですが、そこが各部屋ごとにテーマを決めてデコレーションしているような素敵なお家で。それを見てとても衝撃を受け、自由になんでもやればいいんだと開眼したんですね。ちょうど2000年くらいだったと思います。絵も手芸的なことも区別しないでいいんだ、と転換できました。

インスパイアされる日常、夕日、宇宙

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絵のモチーフになっているのは、どのようなことですか?

F:
自分が体験したことや見たものを描いています。以前は、時間さえあればその場でスケッチをしましたが、今は街中を歩いていて、これいいと思ったら写真に撮ったり、それを後から見直して、やっぱり描こうと思ったり。記憶だけで描くことはほとんどないですが、旅行に行って目で見たものを、その夜に思い出してスケッチしておくということはありますね。かわいいもの、ちょっとシュールなもの、後で笑っちゃいそうなシーンなどが好きでよく選ぶと思います。そのシーンをリアルに再現したいというよりは、雰囲気や空気感を大事にしています。私は夕日がすごく好きで、外出からの帰り道、すごくきれいな夕日を見られると絵に描こうと思います。あと、宇宙も好き。今のところ自分では絶対に行けない空間ですし、何があるか分からないけど、何でもありそう。見たことも体験したこともないから、わくわくしちゃうんですね。

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今回の展覧会について教えてください。タイトルの意味は?

F:
「夢を見るライオン」というタイトルは、まさにその名の通りの作品が一枚あるんですけど、動物園にいるライオンがモチーフです。私は動物園や水族館も大好きで、よく見に出かけますが、冷静になって考えると、それらは動物や生き物にとってはかわいそうな見せ物小屋です。それを見て楽しんでいる自分が不思議ですが、人の手が加えられた人工物の美しさ、居心地の良さもあります。野生と人工物、その両方ともきれいと思う自分についての複雑さを絵にすることが多く、そういうテーマでゆるやかに括って、見ていただける方にも伝わるような内容にするつもりです。新作、未発表作を合わせて約45点くらいになると思います。

「身につける絵」を選ぶ楽しさも

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壁に展示する絵以外には、どんなものがありますか?

F:
ブローチなど手作りのアクセサリーアイテムを販売します。絵の一部が飛び出して身の回りにつけられる小物になったら、というアイディアで作り始めました。どれも少しずつ違っていて、同じものはふたつとないので、選ぶ楽しさがあると思います。2006年くらいから、現代アート通販の「タグボート」でも販売するようになって、よく売れるんです。一度だけ、私のブローチをつけている人と街で偶然すれ違ったことがあって、とても嬉しかったですね。美術品として見るのではなく、アクセサリー感覚で実用的に身につけてもらえたら嬉しいです。

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今後の目標を聞かせてください。

F:
大学院の卒業制作のときに、ひとりにひと部屋ずつ与えられたんですが、私はただ絵を飾るだけじゃつまらないと思って、絵を展示する壁そのものにもカッティングシートなどの絵を張りめぐらしたりして、デコレーションしてみたんです。それがきっかけで空間デザインやイベント関係のデザインワークなども依頼されるようになりました。仕事ですから、作品づくりとは全く違う考え方で取り組むべきことで、大変ですがひとつの経験として楽しいです。そういうことも、もっとやっていきたいですし、ある意味、なんでもやりたいんですね。与えられたチャンスには柔軟に、ちゃんと考えて対応していけば、未知のことがもっと自分から出てきそうだと思っています。自分でも次に何ができるとは分からなくて、今はそれも楽しみなんです。

福井直子(アーティスト)

1977年、岐阜県生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程(油画)を修了し、本格的な創作活動に入る。近年の個展に「海賊」('08年、galeria de muerte)「雲のむこう 空のさき」('12年、5/R Hall&Gallery)がある。他にグループ展にて「スターゲート」('09年、川崎市岡本太郎美術館)「花のように 鳥のように 風のように」('11年、愛知芸術文化センター)を発表。また、東京ドームシティ「ASOBono!」の外壁デザインや「晴海フラワーフェスティバル2013」にてイベントのデザインを手がけるなど、幅広く活動中。


「夢を見るライオン」展についてはこちら
http://blog.galleryspeakfor.com/?eid=608