ARTISTS

越後しの | Shino Echigo

牧歌的な優美さがあるかと思えば、同じ絵に憎々しい悪魔のような闇ものぞく。そんなプリズムのような少女画をアクリル絵具や紙版画で制作している、越後しのさん。見ていると、何かこちらにつぶやきかけてくるような、不思議なモチーフを画面の宇宙に横たえて、心を震わせるような絵です。仙台を拠点に東北各地で展示やパフォーマンスを続け、また自身で経営するギャラリー兼アトリエでは、仙台の新鋭・若手作家の発信もサポート。それらも自分のライフスタイルの一部として活かすオーガニックな活動をしています。GALLERY SPEAK FORでの「在り在りて」展(2014年1月31日〜2月12日)は、彼女にとって約8年ぶりの本格的な東京展。絵に出てくる少女たちは何者なのか、美大に通わずに画家になったという興味深いいきさつや、東日本大震災を経て表現がいかに変わったか、など、今回の個展に滲ませたい、様々な意図をお聞きしてみました。

photo : Kenta Nakano


 

美大がわりになった画材屋スタッフ時代

───
どのようなプロセスで絵を制作していますか?

越後しの(以下、E):
絵画は、シナベニアのパネルにアクリル絵具で描いています。乾きが早いので何点か同時に制作進行できますし、うす塗りを重ねて味わいを出せるので、油絵具よりアクリル絵具が私に合っていたんです。また、紙版画でも制作しています。ドライポイントという技法で、つるつるした紙を削ったり剥がしたりして凹凸をつけ、プレス機にかけて印刷する方法です。上手にやれば30枚刷れますが、版が壊れたり、キズついたりすることもあるので、そうすると2〜3枚でダメになったりする時もありますね。

───
アーティストになられたきっかけは?

E:
まず県立の専門学校で広告美術を勉強したのですが、看板屋さんを育成するような専攻でした。当時その分野は、技術的には中途半端な過渡期で、手描きの時代もすたれていないので就職のためにおろそかにはできないけれど、近い将来デジタル制作の時代になることは見えている、という難しい状況だったんですが、私の場合はそこで筆の使い方の勉強ができたので、今に活きています。卒業して一度就職はしたのですが、シルクスクリーンで戸外用の大きな垂れ幕、旗や看板を作る会社で、このままでは何の展開もないと、若さの勢いで辞めてしまいました。漠然と絵を描いていきたいと思っていましたが、いまさら美大なのかと。そこで地元の画材屋さんでアルバイトをさせてもらうことにしました。画材屋さんで働いた4年間が、私にとっては美大がわりになりましたね。画材や額装などの勉強になりましたし、先輩と一緒に2人展を開いたりして、展示の仕方まで教えてもらったんですよ。そこを辞めてから15年前に自分のアトリエ兼カフェギャラリーを始めました。「ギャラリーエチゴ」です。作家活動も安定してきて、公募展で認めていただくなど、今の自分につながる展開になってきました。

気持ちや感情、表情の日記として

───
今の作風にいたるまで、どんなプロセスがありましたか?

E:
最初は「栽培」というシリーズが主体で、自然界の線や動物の形などを自分なりにつなげて増殖するように展開していました。「TURNER ACRYL AWARD 2000」で賞をいただき、ずっと続けていたんですが、前衛いけばな作家の故・中川幸夫さんの展示を美術館で見た時に、完全に打ちのめされて迷うようになり、その気持ちを形にしようと、「YUKIWO」というタイトルの毛皮の立体作品を作ったりもしました。ドローイングもずっと描き続けていて、ある時、宮城県気仙沼市のリアス・アーク美術館の学芸員・山内宏泰さんに、ドローイングが面白いとチャンスをいただき、2007年に展示させていただきました。でも、まだ本格的には踏み出せずにいたのですが、決定的だったのは震災がおきたこと。「栽培」シリーズは、自然界の尊いものや自分の力が及ばない域への憧れ、オマージュのようなものでしたが、自然界のことは追いきれない、自分の中にあるもの、伝わるものを作らないと意味がないと思うようになったのが震災でした。思い切って顔がついているものを出したら、みんなが見てくれたんです。震災は自分にとっても大きかったですね。一方で、紙版画を教えてもらって実験しながら制作し、初めて展示したのが2012年でした。

───
モチーフになっている少女たちは、何を表していますか?

E:
日々の何気ない瞬間をアイディアソースとして描くことが多いですね。アイディアスケッチはたくさんあって、ちょっと寝かせた後で見て、絵にしたほうがいいものと紙版画にしたほうがいいものと選んでいます。基本的にドローイングは夜、制作するんです。今日はこんな面白いことがあったなと思い出して、それを人物として絵に出す。本当にそれだけなんです(笑)。日記がわりですね。気持ちや感情、表情の日記。自分自身の感情のときもあるし、他人のお話を聞いて、その人の気持ちを想像して描き出してみたり。その結果、絵のモチーフが自分に似ていたり、友だちに似ていたり、こけしみたいと言われたりしますが(笑)、特定はしていません。広い意味での自画像といえるでしょうか。性別も年齢も、どのようにも見えるものものをと意識しながらやっています。見る人の中でイメージが膨らむような絵にしたいんです。口をちょっと開ける絵が多いので、何かを語り出しそうとよく言われます。

より多くの人々に見ていただく転機に

───
今回の展覧会は、どのようなものになりますか?

E:
仙台と福島で「在り在りて」というシリーズ名をタイトルに個展を続けてきましたから、今回もその東京版というところです。人が幼い頃からずっと持ち続けている「ありのままの変わらないのもの」、それがずっと続いている感じを出したくてつけたタイトルです。仙台・福島で出した過去作を中心に、新作も数点加えて構成する予定です。今のアクリル画と紙版画が主体になってからでは、東京では初めてといえる個展ですね。物販では、ポストカードサイズのカレンダー、トートバッグ、ブックカバーなどを予定しています。また、ギャラリーエチゴに置いて好評の、仙台の若手作家さんたちのグッズ、アイテム類も紹介したいと思っています。

───
近い将来の目標をお聞かせください。

E:
2014年は、より多くの人に見てもらえる機会を増やしていきたいですね。6月に福島で2度めの個展を予定しています。また、ドローイングを使った詩人とのパフォーマンスもやろうと思っています。そのパフォーマンスの成果をできれば作品集など印刷物にしたい。展示だけではなく、テキスタイルの制作や販売にも興味があります。私の絵を柄にしてメーター単位で販売するなど、構想はいろいろあります。自分で完成形まで全て手がけると大変ですから、コラボレーターなどを見つけて、チャレンジしてみたいですね。

越後しの(アーティスト)

宮城県生まれ。画材店勤務の1995年より独学で絵の制作を始め、98年にアートギャラリー「GALLERY ECHIGO」を仙台市にオープン。以後、仙台を拠点に創作活動を続けている。おもな個展に「栽培」('11年、GALLERY SARP)「在り在りて」('12年、Gallery TURNAROUND)「ゆきを」('13年、Gallery TURNAROUND)。その他グループ展に多数参加。おもな受賞歴に「TURNER ACRYL AWARD 2000」青葉益輝賞、「SENDAI ART ANNUAL 2005」飯沢耕太郎賞・明和電機賞など。

http://www.onyx.dti.ne.jp/geg/GALLERY_ECHIGO/


「在り在りて」展についてはこちら
http://blog.galleryspeakfor.com/?eid=614