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佐藤文香 | Fumika Sato

微妙な色合いの絵具の上に、繊細な描線で描かれるモチーフ。その上に刺繍糸やスパンコール素材が散りばめられて、独特なフュージョンを生み出します。佐藤文香さんの絵は、半立体的な味わいにわくわくできるものばかり。絵の中に人物は出てきませんが、見ていて間違いなく人らしい気配を認められるのは、希望と絶望、夢想とリアル、硬直と柔軟…など、相反するコードの合間にあり得る、人間くさい空想劇がしっかり描きとめられているからでしょう。そして人の手でしか作り得ない工芸品としても美しい彼女の原画は、名古屋を発信拠点にして、少しずつファンを増やしています。佐藤さんにとって2度めとなるGALLERY SPEAK FORでの個展が、「乳白色の夜明け」(2014年7月4日〜16日)。新たに使うようになったゲルインクペンの描画と糸のタッチが絶妙なバランスを作っている、近作を中心に発表します。その展示を前にしてギャラリーにお越しいただき、創作に目覚めるまで道のりや、制作の実際について詳しく語っていただきました。

photo : Kenta Nakano


 

ゴッホの模写で学んだ絵画

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作品はどのような手順で制作していますか?

佐藤文香(以下、F):
まず麻のキャンバスに下地を塗ってから、アクリル絵具を使います。すごく薄く溶き、一色ずつ塗って乾いたら次の色をという具合に、何色も重ねていきます。次にゲルインクのペンで絵を描き、それも乾いてから刺繍をしたり、糸を丸めて貼ったり、スパンコールやビーズを施したりして完成です。あらかじめ下絵があるわけではないんです。その場で絵に引っ張られるようにどんどんできていく、そんな感覚ですね。一枚を作るのにとても時間がかかるので、同時進行で何枚も描いています。特に気に入ったモチーフが描けた場合は、何枚かの連作やシリーズにすることもあります。

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なぜアーティストの道を選んだのですか?

F:
絵を描くことが好きで、3歳ごろからお絵かき教室に通っていました。ひとりの時はいつも絵を描いていた記憶があります。ただ、絵の道に本格的に進みたいとは思っていなくて、迷いもありました。美大への進学は選べなかったので、大学では文学を学んだのですが、その頃から、なんでも興味のあることをやってみようと思い、色彩やアロマの勉強をしたり、アパレルの仕事をしてきました。でも社会人になってから、やっぱりどうしても絵を描きたいと思うようになったんです。遠回りだったんですけど、それからは自己流で油絵を始め、大好きだったゴッホの画集を見て模写していました。日本でゴッホの絵がある美術館を調べて巡る旅をしたりもしましたね。デッサンについては教室にも通っていたのですが、ほとんどゴッホの絵で学んだような感じです。今の創作傾向とは全然違うのですが、その時はまだ自分がどんな絵を描いていいか分かりませんでした。

背を押してくれた展覧会

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初めて自分の作品を作ろうと思ったきっかけは?

F:
それは、2009年に東京都庭園美術館で「ステッチ・バイ・ステッチ 針と糸で描くわたし」という展覧会を見た時です。すごく自分の中で全てがつながって、私も描けるかなと思い、見て帰ってすぐに作品を作り出しました。子どもの頃のように、エネルギーが切れるまでずっと描いていましたね。あの時のことが今の基盤になっています。それまでもコラージュを作るのは好きで、絵具以外のものを組み合わせて作るアイディアは漠然とありましたが、あの展覧会が大きなきっかけをくれたんです。それから名古屋のギャラリーイントラートと縁ができて、定期的に個展をやらせてもらえるようになって、今に至っています。だいぶゴッホとは違うほうへ展開してきましたが、名残りも感じます。例えば糸をぐるぐる巻いてつけて絵の一部とするのは、最初からずっとやっていたことなんですが、ゴッホの絵の渦巻きから影響されたのかも知れません。

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どんな時に絵のイメージが浮かびますか?

F:
大きなテーマから発想したり、哲学が好きで、本を読むのも好きなので、そうした時の思索から絵を描くことが多いですね。作業机にはいつも本を何冊かとアイディアノートを置いています。自分の作品を客観的に見てみると、自己ドキュメンタリー、日記のような面があると思います。その時々の自分が感じたこと、イメージや言葉、小さい疑問などに対する答えを絵で描いている感じ。イントラートで毎年個展をやるようになってから、その都度コンセプトを考えるようになったことも、そういう習慣を作った要因だと思います。でも、見ていただく方に自分が描いた心境の通りに見て欲しいとは思いません。そんなふうに見るの? という意外な反応は嬉しいですね。自分の手を離れたところで絵が独立して生きているみたいで。だから、今までは自分の主観を詰め込んでいて、内省的で自分と作品の距離がないような感じだったとすれば、最近はもう少しその距離をとり、見る方たちがいろいろ考えられる余白を残しておけたらいいなと思います。

「境界」をめぐっての目覚め

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今回の展覧会は、どのようなものになりますか?

F:
「乳白色の夜明け」というタイトルは、今の私のいる状況を表しているつもりです。今までずっと、制作をしながら漠然と「境界」について考えてきました。時代や条件が変われば、境界ってすぐに揺らぐものですよね。意味や価値は、どこにあるんだろう、なぜ変わるんだろう、っていう疑問の答えを探しながら絵にしています。最近、結婚を機に都会から田舎へ引越したこともあって、新しい捉え方が浮かんできています。風のように、目には見えないけれども、音や、肌で感じることでそこにあることが分かる、でも次の瞬間にはよそへ吹いていってしまうかも知れない。境界とはそんなものではないかと。曖昧なものだからこそ形にしたいのかもしれません。同じテーマでもその時々の状況や心境で出せる答えが違い、作品も全く違ってくるというのは面白いなと思っているんです。夜がだんだん明けてくるような、自分の考え方が変わってきている時期の、昨年から今年にかけての新作を今回は披露したいです。物販アイテムは、ブックカバーのように自分で欲しいと思うものや、持ち歩けるものにしました。

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近い将来の目標をお聞かせください。

F:
定期的に作品を発表していくことはとても大事だと思います。展示の現場はリアルな反応があって怖い反面、一番喜びを感じられる場です。名古屋と東京以外でもたくさん個展ができるようにしていきたいです。あとは、本が大好きなので、装丁のお仕事ができたらと思います。折にふれて読み返したい、宝物のような本。私自身にもそういう本は何冊もありますが、装丁もその一部になりますから、そのようなものづくりの現場に携わるのが目標です。今年で制作を始めてから5年目です。最近、自分の作品を見て、これは4年前ぐらいに私が作りたいと思っていたものだなと思ったんですよ。つまり、4年もかかったのかと(笑)。技術的にもできることが増えているのかも知れません。その時々にできるものをきちんと形に残していきたいですね。いつか、そうやって生まれる絵を活かす絵本も作れたらと思います。

佐藤文香(アーティスト)

1983年、名古屋市生まれ。神戸学院大学卒業後、本格的に創作活動を始めた。2009年より、名古屋のギャラリーイントラートを拠点に毎年、個展を開催して新作をリリースし続ける一方、東京や名古屋、神戸など各地のグループ展、コラボレーション展やアートマルシェなどに選定され、参加している。近年の個展に「purpure」(2012年、GALLERY SPEAK FOR)、「about all」(2013年、ギャラリーイントラート)、「月と歩く」(2014年、松坂屋名古屋店美術画廊)がある。

http://fumikasato.bake-neko.net/


「乳白色の夜明け」展についてはこちら
http://blog.galleryspeakfor.com/?eid=625