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谷川千佳 | Chika Tanikawa

可愛らしい少女たちの「劇場」。しばしば耽美的に幻想で包まれつつ、小暗い歪みがふと立ち現れるプリズムのような魔力もあります。パステル色を効かせた繊細な筆致で多重イメージが自然に溶け合わされ、巧みな構図も私たちの視線を引きつけずにはおきません。谷川千佳さんの描く絵には、そんな複雑系の深さがあります。おもに大阪を中心にして、アクリルガッシュの少女画を発表してきた彼女は昨年、初めて東京での個展を開催。それが好評を集め、今、次第にアクションを大きくしつつある注目株です。最近ではよりファンタジックなトーンに傾斜したイラストレーションも発表し始め、本の装画など活躍の場を広げています。今年は東京での2回めの個展「光の記憶」をGALLERY SPEAK FORで開くことに(2014年9月12日〜24日)。巨匠との出会いによって拓けたアーティストとしての道のり、そして描いている絵の中の少女は彼女自身なのかどうか──。絵の世界の気になるポイントをお聞きしてみました。

photo : Kenta Nakano


 

絵の魅力に覚醒した学生時代

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絵はどのようなプロセスで制作されていますか?

谷川千佳(以下、T):
まず、紙に鉛筆で描いたドローイングをためていき、その中から改めてキャンバス作品にするものを選んで描き上げます。木製パネルにキャンバス布を張って下地材のジェッソを塗りますが、塗っては乾かしてというのを繰り返し、三層か四層ぐらい、しっかり厚みのある下地を作ってからアクリルガッシュで描いていきます。絵具も、一度で着彩してしまうのではなく、ベースの色を塗り、その上に薄い色を重ねていく。やはり三〜四層ぐらい重ね完成させていくんです。以前は一点ずつ集中して仕上げていた時期もありましたが、今ではシリーズものの作品などでは特に、何点か同時進行で進めています。イラストレーション系として私の中では分けているカテゴリーもあるのですが、手法的に大きな差はないですね。私、難しいことはしていないと思うんですよ。大学は美大ではなく、教育学部美術専攻みたいなところでしたし、学生になってからデッサンの教室に通いましたけれど、見たり聞いたり質問したりして習得し、自分でできる範囲内でやってきたつもりです。

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アーティストになろうと決意したのはいつですか?

T:
小さい頃から絵を描くことは好きでしたが、すぐ絵の道へと考えたわけではありません。高校生の時は、いわゆる進学校に通っていて、美大に行くかどうかの選択問題がありました。その時はまだ、その後の人生で一番大事にしていくのが絵なのかどうか、はっきり見えていなかったんですね。自分の可能性を広げることが大事なんじゃないかなと思い、美大ではない大学を選びました。でも結局、大学に進んでから自主制作を続けていく中で、やっぱりこれだな、となってきたんです。富山からひとりで神戸・大阪圏へ出ていって、こんなに面白い世界があるんだなと。高校生の時にはインターネットで絵柄だけを知っていたものが、現物を見てその力、美しさに魅了されたり。東京にも行き来するようになって、やはり絵をやりたい、ものを作って生きていきたいと強く思うようになりました。特に、兵庫県立美術館で横尾忠則さんの「冒険王」展を見た時の衝撃はすごかった。時代性や圧倒的な描画力、センスの良さだったり。感銘を受ける点がたくさんありました。また、洋画家の故・鴨居玲さんの回顧展では、その絵画人生そのもののエネルギーに圧倒されましたね。

言葉超えたものに形を与える

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絵に描かれているものは、おもに何ですか?

T:
記憶や感じていることなど、言葉にできないものに形を与えることが大きくテーマだと思っています。自分自身の記憶などをコラージュ的に再構成し、人物がいる図像に置き換えられている、という感覚です。例えば夢で見た世界って、他人に説明しようとしてもうまく説明できないじゃないですか。夢を見ながら、怖かったなあって思ったことを口で説明すると、言いながら何が怖かったのか分からなくなっちゃったり、変わってしまったりすることもあります。言葉にして損なってしまったり、時間とともに消えないように、私はそれを絵に描いている、と言えばいいでしょうか。

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メインのモチーフは女性で、星もよく描かれていますね。

T:
女性像は、自分が女性として生まれたから一番身近なもの、好きなモチーフなんだと思います。描かれているのは自己投影みたいなものだと思うんですけど、自分自身を描きたいわけではなく、自分を通した「この世界」が主題なんですよね。月や星も好きなんですよ。丸って女性的な感じでもありますし。以前、夢ですごく大きな月を見たことがあって、とてもきれいだったんです。その後に大きな月の絵を描いたことがあって、それから続いていますね。

救いにもなれる、光の記憶を

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今回の展覧会は、どのようなものになりますか?

T:
自分が感じることって、いろんなものがあるわけですが、それを構成して何かものごとを語っていきたい、絵で物語を語りたい。絵を発表し始めてから、ずっとそう思い続けています。タイトルの「光の記憶」とはそのような、言葉にすると消えてしまいそうな記憶のかけらを拾い集めて形を与える感覚を指しています。現実では、辛いことや悲しいことなどもありますが、物語として伝えられたら、優しかったり暖かかったり、救いのようなものになったりする可能性があると思っていて、見ていただく方に展示全体でそう感じていただける内容にしたいと考えています。具体的には、2011年以降の作品を総合的に見ていただけるようにピックアップしますし、2013年から取り組んできた新しいシリーズを含めた個展は初めてとなります。物販アイテムとして、画集「ゆめにさまよう」や、今回のために制作したトートバッグやポストカードセットなどを販売しますので、ぜひ手に取って見ていただきたいですね。

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近い将来の目標をお聞かせください。

T:
この展覧会の次に、大阪でも秋に個展を予定しています。東京では、来年予定されている3人展に参加することになっていますし、展示活動はずっと定期的に続けていきます。また、8月に刊行された三津田信三さんの「どこの家にも怖いものはいる」という本の装丁に絵を使っていただいたのですが、イラストレーションのお仕事の場も広げていければと思います。イラストレーションを手がけることで、少し考え方が柔軟になったかなと思うことがあります。根幹は変わりませんし、やっていることもそれほど変わっていないのですが、絵に向かう姿勢、それをどのように伝えたいか、が。自分だけのものにしておくのではなく、社会の中でどう見られるのか、どう役立てるのか。おこがましいですが、そうしたことにも興味が持てるようになってきたと思うんです。今年の展示活動は、そうした意味でも新しい起点になるのかも知れませんね。

谷川千佳(アーティスト / イラストレーター)

1986年、富山県生まれ。2010年、神戸大学発達科学部を卒業後、デザイン系専門学校勤務を経て、フリーランスのアーティスト / イラストレーターとして活動を開始した。国内外で作品を発表し続けるほか、三津田信三「どこの家にも怖いものはいる」(中央公論新社)の装画を担当するなど、幅広く活躍中。最近の主な個展に「いつかすべてを受け入れる」(2012年、大阪・YOD Gallery)、「その声は誰の名も呼ばない」(2013年、東京・The Artcomplex Center of Tokyo)がある。2014年、初めての画集「ゆめにさまよう」を発売。

http://www.chikatanikawa.com


「光の記憶」展についてはこちら
http://blog.galleryspeakfor.com/?eid=629