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石田真弓 | Mayumi Ishida

絵具をポタポタと置いたり、勢いよく筆を動かしたりして、色の重なりや溶け合う形状、デリケートな配色バランスをディレクションし、総合的な視覚装置を作り上げる石田真弓さんの絵。メランコリックな情緒が読み取れたり、ストリートアートのような鮮やかな躍動を感じるなど、ふだん抽象画を見慣れていない人々にも親しめる奥深い楽しさを教えてくれます。1年間に数回のペースで活発に展示活動を続け、また展示会場での音楽の発表の他、自分で作曲した楽曲をリリースしたり、アート的な着想を活かしたオリジナルアクセサリーブランド「Opéra」も展開している彼女。2020年の最初の展示は、GALLERY SPEAK FORの企画により開かれる個展「音楽がきこえる」(2020年1月10日〜19日、恵比寿AL)に決まりました。タイトルがそのまま、創作世界へ入り込むキーになっています。絵を生み出す源泉はサウンドクリエイションと似た衝動なのだと言う石田さん。なぜそのような描き方に至ったのか、追求し続けているテーマについても詳しくお聞きしてみました。

photo : Kenta Nakano


 

共感覚(シナスタジア)を持つ自分との出会い

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絵はどのように描いていますか?

石田真弓(以下、M):
鉛筆などで枠取りや下書きもせずに、まずキャンバスに直接描き始めます。使いたい色をポンポン置いていくような感じ。それを続けて見えてくる視覚の中で、いい色のハーモニーが見つかる瞬間まで色を重ねては消す、ということを繰り返すのが私の絵の描き方です。だから、一番最初に置いた色が最後まで残るということはほとんどありませんね。そのため、以前は油絵具を使っていたのですが、乾くのを待てなくて、上からどんどん新しい色を即興的に重ねていけるよう今はアクリル絵具が主体です。こういう制作方法でも、ここで完成したという瞬間はあるんです。卵が一点で立つ時のように、なぜか止まる。その一点へ到達するまで描き続ける感じです。

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画家になられたきっかけは?

M:
実は小さい頃になりたかったのは音楽家です。演奏する人ではなくて作るほうになりたいと思っていました。進学したのは法律系の大学で、音楽はあくまでサークル活動や趣味だったんですが、何かを表現したりするのはずっと変わらず好きで、18歳〜19歳くらいには女優も目指しオーディションを受け続けたりしていました。その果てに分かったのは、自分がやりたいのは再現芸術ではなく、ものを作る側に行きたいのだということ。それで親の理解も得て、途中から武蔵野美術大学へ編入しました。そこで、色のことを深く教えていただいた油絵の先生と出会うんですが、”音楽の風景を作る”ような作品を作りたいというイメージが漠然とあり、そのことについて先生とお話している中で、私に「共感覚(シナスタジア)」があるということに気づかせてくださいました。これは視覚と聴覚が結びついている感覚障害の一種で、絵画を作るときも見るときも、自分の中でリズムやメロディーを感じているのですが、それが他人にはない自分だけの感覚なのだと21歳になるまで全く気づいていなかったんです。この「共感覚」という言葉と出会った時に、やっと自分が見え、何を表現していくべきかが定まった気がしました。

感情表現としての絵画。ピアノと絵筆は同列

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石田さんにとって、普段の生活と創作とのライフワークバランスは?

M:
絵は感情表現のひとつです。何かで感動したり悲しかったり、ちょっとしたことで心が動いた時にそれを留めておきたいと思ってキャンバスに絵を描く感じで、自分の過去の絵を見ると、その時の感情を思い出したりしますね。そして「共感覚」とも関係するのか、私の場合には絵の創作もサウンドクリエイションと似たところがあるので、もしそこにピアノがあったらピアノを弾くし、言葉で綴りたい時には言葉になるんです。あとは、できた絵と向き合う時期。初期情動から生まれた絵が1個あるとしたら、それに連鎖した他の色合いのものも作ってみたいと考えます。その時には初期衝動から離れるわけですが、どんどん新しい絵が生まれ、人に伝えていくというフェーズに自然と入り込んでいきます。

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最近、特に成果の多かった展示などあれば教えてください。

M:
すごく良かったのは、2017年の個展「音の間 -oto no ma-」です。それは小さい頃、ある方のピアノ演奏を聴いたことが原体験になっています。クラシックの曲ですごくゆっくりピアノを弾く演奏でした。止まったかなと途中何度も思うくらいゆっくりで、しばらく経ってまた次の音が聞こえてくる。次の音が来るまでの音と音の間の空気感みたいな塊が、積もり積もってやっと曲になるという印象を持ったんです。あとで、音楽とは音と音の間の時間も含めて成立する”時間芸術”なんだと思ったんですが、それについて作品にしたいとずっと考えていて実現したのが「音の間 -oto no ma-」でした。私は音を形として感知するので、音を形に描き、その形から感じる音をまた自分で作曲して、その音と音の間の形をプログラミングで音と同期させ、真っ暗闇の中でポンポンと映像にして出していくようなインスタレーションで、「この線の感じの音だね」とか「この色のようなハーモニーだね」とか、私が日頃感じていることを、お客様におっしゃっていただけたのはすごく嬉しかったです。あ、伝わった、と。
 2018年の個展「対の森」では少し違って、自分の心を他人に投影することで自分を見るという、心理学でいう「投影」を主題に制作しました。そのように、音と絵をコネクトさせたテーマと、感情表現を主なテーマとするときがありますね。

ギャラリーから抜け出す表現を、プリミティブな情熱で

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今回の個展「音楽がきこえる」について教えてください。

M:
今までは小さなテーマを決め、絵も絞って内容的に揃えるのが普通でしたが、今回の展示ではテーマを決めずに自分が描いてきた色々なジャンルの音の風景をまとめて披露するものになります。テクノだったり環境音だったり、いろんな音の風景を展示して、初めて見ていただく方にも創作の全体像を見ていただければと思っています。会場で流す音楽も自分で制作します。また、物販としては2018年の冬に始めたオリジナルアクセサリーブランド「Opéra」のアイテムをたくさん発表します。アートとは違って、ただ私が素敵だと思う色の組み合わせで身につけるものを作り、他人に受け容れられたら嬉しいなという気持ちで作り始めたもので、丸いプラスチックビーズにヤスリをかけて絵具がのるキャンバスのようにし、そこにハーモニーが生まれるまでいろんな色を置いて絵として作ります。だから全てが手作りの一点物なんです。

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近い将来の目標をお聞かせください。

M:
2020年は2月と5月にも個展を予定しています。音や音楽の創作、また見える音楽というものをどう伝えていけばいいのか、もう少し考えて発表できる機会があればいいなと思います。ギャラリーで絵を発表するというスタイルだけでは限界がありそうです。ライブハウスや劇場を使うなど普通の展覧会に収まらないことをやっていきたいですね。海外でもパフォーマンス型の展示やインスタレーションをして、自分が持って生まれたものがどこまで伝わるか試してみたい。
「音楽がきこえる」の展示を考えながら、今まで自分が当たり前のことだと思っていたことがもしかしたら、人にとっては面白いかも知れないと思うようになりました。例えば私のアトリエでの創作現場。ピアノを弾いてエフェクターをかけていろんな音にし、それをループしながら音を当てていって、こっちで絵を描いて、という私のアトリエでのアナログな制作そのものが、他人が見たらとても面白いでしょうね。でも、その一見効率的でないやり方と時間こそが私の創作なんだと思います。洗練されすぎたりしたくない、ずっと土臭くありたい、という気持ちはずっと持っていて、反文明みたいに構えてはいませんが、プリミティブな情熱は必ず残していきたい。人に感情を伝えるにはまさにそれが必要なんだと信じています。

石田真弓 画家 / インスタレーション作家

栃木県生まれ。武蔵野美術大学油絵学科卒業後、2009年より本格的に創作活動を開始。音をテーマにした絵画やインスタレーション作品、サウンドトラックなどを制作。最近のおもな個展に「対の森」(’18年、京橋・ギャラリー檜)、「音の間 -oto no ma-」(’17年、国立市・ArtSpace88)など。舞踏ダンスカンパニー「舞踏舎 天鷄」の宣伝美術も手がける。その他、’18年、自身のアクセサリーレーベル「Opéra」をローンチし、’19年にはオリジナルピアノアルバム「décadence」をリリースするなど幅広く活動中。東京都在住。

https://mayuminuit.portfoliobox.net


「音楽がきこえる」展についてはこちら
http://blog.galleryspeakfor.com/?eid=775