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U-ku | U-ku

何をモチーフにしているのか、明確には示していない抽象的な表現にも関わらず、明暗さまざまな色彩の水彩絵具が走り、揺れ、滲む味わいがたしかにこちらに向かって何かを伝えようとしている。小さくとも見るものの心に染み入って限りなく広がる浸透性。そんなU-ku(ゆーく)さんの絵画世界はまるで「心の宇宙」についてのテーマパークのようです。絵具を微妙なバランスで混交させながら、意識と無意識の交錯も援用し、ひとつずつの塗りにフェティシズムを宿したまま展開される画面づくりが印象的です。そして画面の中にはたいてい、小さく極細の筆で描き込まれた女性や生き物の姿が。それらが絵にドラマティックなスケール感を与えているのも比類のない特徴と言えるでしょう。アーティストとして駆け出してからまだ5年。しかし彼女の絵の魅力は全国各地で活発に行われる個展やグループ展、アートイベントなどの場で着実に共感を広げており、今後の成長が楽しみな新鋭と言われています。なぜ今のような表現世界に至ったのか、その根底にある彼女自身のルーツについてもお伺いしました。

photo : Joshia Shibano


 

作品購入者の方に開いていただいたプロの道

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絵はどのような手法で制作されていますか?

U-ku(以下、U):
おもに水彩絵具で制作しています。道具は通常の絵筆のほか日本画で用いる連筆やペインティングナイフ、竹ペンなども使用しています。水彩紙を水張りした後、特に決まったステップはありません。大きな筆で大きな動きを表すのか、ペインティングナイフで躍動感のある細いラインを重ねていくのかなど、その時々で一番適切だと思う手法や色の順番を選びます。水彩絵具は塗り重ねたり何度も修正の効く性質ではないので、頭に浮かぶインスピレーションを大事にしながら一気に描くことが多いですね。良い意味でも悪い意味でも感情が揺り動かされた時にインスピレーションが湧き上がることが多いため、その時思い描いた色を用いて一番しっくりくる筆づかいや道具で色を並べていきます。水彩絵具の他には雲母、黒鉛、顔料そのもの、金箔銀箔をいまは使います。アイディアによっては、いただいたお花の包み紙など珍しい材料を作品に使用することもあります。

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アーティストになられたきっかけは?

U:
結婚を機に当時勤めていた外資系企業を退職し上京しました。せっかくなら好きなことをしようと思い、月光荘という銀座の画材屋さんが始めた額縁事業の新規スタッフに応募し働き始めたのですが、ちょうどそこの系列のレストラン「月のはなれ」で壁面展示を始める企画が持ち上がったのです。初めから有名作家さんにお声がけするのが難しくもあり、絵が趣味なら個展をしてみないかというオーナーの一言で初めての展示をすることに。その時はプロのアーティストになるつもりはなく、趣味を活かした思い出作りのつもりで、40枚ほど描いてオーナーに見ていただいたのですが「全くあなたらしくない、もっと心の底にある本音を出しなさい」と言われてしまいました。そこから試行錯誤した成果が今の作風のベースです。個展では全く知らない何人かの方に作品を買っていただくことができ、「お金を出して作品を買ってくださった方がいる以上はプロのアーティスト」とオーナーに言われました。そのときが初めてアーティストとしての自覚を持った瞬間です。

言葉を超えたコミュニケーションを求めて

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絵に向き合うまでに大きく受けた影響は?

U:
絵による表現ということでいつも考えるのが、言葉が万能なわけではないということですね。子どものときから転居が多く、小学校1年の時には父の仕事でアメリカに引っ越しました。英語も全く話せないまま現地の学校に通うことになり、言葉だけでなく文化の違いもあって初めはなかなか馴染めませんでしたが、楽しい記憶も多くあります。帰国後は、逆に帰国子女としていじめられた経験も。言葉が通じても分かり合えず、また逆に言葉が通じなくても分かり合えることもある。コミュニケーションの難しさを肌感覚として感じてきた半生が絵に現れているのかも知れません。
 また、母の病気も強く影響しているひとつです。アメリカから帰国してちょうど1年経った頃、母の病気が発覚し父との二人暮らしが始まりました。学校では預かり保育に通い父の帰りを待つ毎日で、ひとりっ子だった私は一時的にとても仲の良かった母の愛情を受けられず、寂しい思いをする日々が続きました。手術室から出てきた母の姿は今でも脳裏に焼きついており、初めてリアリティのある死に少し触れた瞬間でした。そんな経験も少なからず今の刹那的で無常感のある画風に現れているように感じます。

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いまの作品スタイルにいたるまで、どんな変遷がありましたか?

U:
作家を始めた当初は、水の動きを利用した作品を多く制作していました。見る側の認知に働きかけるひとつの方法として水の動きの偶然性を取り入れていたのですが、今ではある程度コントロールして滲みを発生させており、どちらかというと色彩の重なりや余白の使い方に注目しています。ただ、俯瞰的に捉えられたビジョンの中に小さなモチーフを入れ込むスタイルは初期から変わっていません。それは何事にも熱中できず、どこか冷めた目線で色々な事象を観察してしまう私自身の投影なのかもしれません。モチーフは女性だったり小動物だったりしますが、時には描いている自分自身であり、誰かを思って描く作品であればその人であることもあります。見る方にとってはその方ご自身にもなるでしょうし、その方が思う誰かにもなるでしょう。イマジネーションの余地を広くとるためにも、モチーフが人である場合は基本的に表情は読み取れないように描いています。

水彩絵具による表現の価値を高めたい

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最近試みている新しいチャレンジがあれば教えてください。

U:
水彩絵具を用いた作品が受ける評価を変えたいと思っています。水彩絵具は身近にある画材ということもあり、希少性という意味での評価は受けづらいですが、しかし色彩の繊細さや刹那性など、特有の魅力や価値も多くあると感じています。アートフェアなどで拝見すると、かなり多くの作家さんが油絵具やアクリル絵具で制作されているようです。また水彩を使っている方でも、多くの方が風景画や具象的な表現で作品制作をされており、抽象的な表現にはあまり使われていないようです。私は、水彩だからこそ出せる滲みのニュアンスでしか表せない抽象表現があると信じていて、今後もっと水彩絵具を用いた作品の価値を高め、水彩で描きたいという人を増やすことまでできればいいなと思っています。

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近い将来の目標をお聞かせください。

U:
展示などで私の作品を目にしていただいた時、涙を流される方が多いんです。例えば人生の壁にぶつかっている方に共感の対象として捉えていただいたり、過ぎし日の愛犬との思い出に重ねていただいたこともあります。そのように、ご覧になる方の経験と私の作品とが強くリンクしている、誰かの感情にアプローチできているということは作家としてこの上ない喜びだと感じています。
 今年から来年にかけてはなるべく多く展示を重ね、お客様の目に触れる機会を増やしていきたいと思っています。2021年7月〜8月にかけては各地のグループ展、アートイベントに参加しますし、8月にはヴェネツィアでのグループ展、そして9月に表参道、11月に兵庫県芦屋市で個展を開きます。現状は新型コロナウイルスの影響で難しいですが、今後は海外でも積極的に展示を行なっていきたいですね。

U-ku(ゆーく) アーティスト

1989年、兵庫県神戸市生まれ。神戸女学院大学英文学科を卒業後、一般企業勤務を経て2016年より本格的に創作活動を始める。2016年「月光荘サロン 月のはなれ」(銀座)での初個展にて好評を得て、以後全国各地の様々なスペースで活発に作品を発表している。最近の個展に「蓄積しては溶ける大好きなものたち」(2021年、日本橋・ArtMall)など。自作作品集に「U-KU IN BLUE」(2019年)がある。神奈川県横浜市在住。

http://u-ku-n-blue.com/


グループ展「artworks fukuoka」については、こちら
https://bwta.jp/events/2021/07/06/artworks_fukuoka/