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保坂有美 | Yumi Hosaka

少女や鳥、兎、犬、猫などはよく見かける人気モチーフですが、保坂さんの描く絵の中のそれらは、遠い彼方の世界に棲んでいるように眩しげな光と影をまとっています。動物などは神社の眷属からも着想するといい、「生きる上での道しるべ」を意識しているとのこと。神秘的な雰囲気が人々の内面へアプローチするかのよう。元はアニメーション背景を手がけるプロとして、いくつもの著名なアニメ作品に美術監督として参加してきた保坂さん。絵の中の光源のありかまでイメージさせるドラマティックな仕上がりは、そのキャリアがなせる技かも知れませんが、2D動画の世界とは全く違います。テンペラ画のように凹凸感のある絵肌や、織部焼の陶器のような風合いなど、原画だけが持てるオーラを追求し作家活動を始めました。各種の公募展やグループ展で高評価を得て、2022年4月に初めての個展を開いたところです。目に「見えない」光と「見える」光。それらを融合させた保坂さんの世界観は、まだその扉を開けたばかり。そこで今回は、なぜ今のような表現に至ったのかを詳しくお聞きしました。


 

絵が描けない時期を乗り越えて

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絵はどのような手法で制作されていますか?

保坂有美(以下、H):
まずモチーフを決めたら下絵の大ラフをいくつか描き、それから鉛筆で原寸大に本番の下絵を描き起こします。私の作風では下地をしっかり作るので、キャンバスに何層も岩の粉、ジェッソ、メディウムなど様々な下地材や絵の具を重ねて作っていきます。着彩はアクリル絵具で。下地の質感を生かしたいので絵の具はさらっと薄めにのせていきます。水彩画を描くときのように水分は多めに使い、絵具のにじみ、重なり、濃淡を大切にしながら着彩しています。1枚の絵が仕上がるまで約2週間くらいだと思います。

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絵肌にとても特徴がある作品ですね。

H:
下地を作って着彩することは前々から行っていましたが、現在の絵肌になったきっかけは「イコン画」を目指したことです。キリスト教の壁画のような質感が好きで、自分流に近づけてみたいと思い試作を繰り返した末にできたのが今の作品です。ざらつきを出したいので、下地に岩の粉を混ぜたり、筆のかわりにペインティングナイフで塗ったりして作り上げます。結果的に壁画っぽくもあり、また日本画のような質感とも言える自分のスタイルになりました。

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画家になられたきっかけは?

H:
小さい頃から絵を描いていました。好きというよりはそれが日常というか当たり前というか、大人になったら絵を描く仕事をしたいとぼんやり思っていました。高校卒業後にアニメーション背景を制作する会社に就職しましたが、本格的に絵を学んだのはそこでだと思います。それは半ば仕事というより修行で(笑)、そこの代表だった小林七郎さんは絵の構成や作り方を言葉で説明できる方でした。教えるのが得意な方だったので、吸収できるものがすごく多かったんです。練習や学習ではなく、仕事を通して実践を重ねていく経験が私には合っていたようで、絵をたくさん見たりセンスを上げるための努力をし始めたのもこの頃からです。
 でもアニメ背景の仕事を始めて十数年経って突然、絵を描くことができなくなりました。描くのが怖いみたいな感情を抱え、描けないのが苦しいけど、でも描けない。そんな状態を3〜4年繰り返し、やっと少しずつ描いていこうと思えたのですが、その頃にはアニメの業界に帰るのではなく、憧れていた作家としてやってみようと考えました。手始めに2018年、銀座・月光荘のアートコンペに応募したのが画家活動の始まりです。そして2020年のアートイベント「Independent TOKYO」で審査員賞をいただけて個展のお誘いもいただき、ようやく画家として続けていけるかも知れないと思えるようになりました。

描くのは「独りの人間」に寄り添う存在や「光」

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モチーフになっている少女や動物、生き物たちは何を表しているのですか?

H:
子どもはキリストや仏、その他の神仏のような存在を表していることが多いですね。また、例えば狛犬を狆(ちん)にしてみたり、神獣や眷属を私たちの親しみやすい動物に置き換えたりしています。身近な存在に置き換えたほうが観て下さる方に響く気がしています。いずれにしろ、私たちを温かく見守ってくれて損得なしにそばにいてくれる存在を意識して描くことが多いです。
 私は、生きるってしんどいなと思うことがとても多いです。程度の差こそあれ誰でもそう思ってはいるはずですが、それを誰かと共有するのは難しいですよね。他者に完璧に自分を理解してもらうことは不可能な気がします。そういう意味で「人間は独り」で、自分に寄り添ってくれるのは神仏のように人間を超越した存在だと思っていて、受け入れてくれる安心感が好きなんだと思います。私が描いているのは人型のものたちですが、人ではないのはそういう理由かも知れませんね。
「光のシリーズ」は私が描きたいテーマをストレートに表現しているシリーズです。明るくて希望があり温かい世界観。人間の中には光だけではなくて、暗い気持ち、絶望感など影の部分もあるので「影のシリーズ」も描いていますが、闇の中に箔を使って光を加えたり、ちょっとした希望のニュアンスを必ず入れ込むようにしています。

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アニメのお仕事で描くことと自分の作品制作とは、どのように違いますか?

H:
見る方に影響を与えられる、心の潤いを届けられるという点は共通していると思いますが、「0」を「1」にできるのが作品制作だと思っています。アニメ背景では取っ掛かりや設計図がある程度あった上で絵を描いていきます。作品では「何を描くか」からの出発になるので、自分の考えがそのまま絵に表れるのと、表現方法に際限がない分、何を選び取るかという難しさがありますね。

悩んだ自分だからこそ、伝え続ける

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展示活動などで、嬉しかった経験などがあれば教えてください。

H:
一番嬉しいのは、私の作品を受け入れてくれる方々と出会えることですね。展示会場やSNSで発信していくことで、今までになかったつながりを経験できましたし、そのおかげで自信も頂いています。印象に残っているのは、今年の個展で高校1年生の男の子が原画を購入してくれたこと。私が同じ年の時には考えられなかったことだと思うし、そういった文化的なお金の使い方ができること、そこに私の作品を選んでくれたことがとても嬉しかったです。

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近い将来の目標をお聞かせください。

H:
目標は作品を発表し続けること、仕事として絵に関わっていくことです。今年は6月から9月にかけて毎月のように展示の機会がありますので、より多くの方に絵を観ていただき、画像では分からない実物のニュアンスも感じ取っていただけたらと思います。
 自分を開いていくことも一歩ずつ目指していきたいですね。今まではそういうのが苦手で、プロフィール写真も顔がはっきりと写るものは公開していなかったんですが、最近やっとプロのカメラマンさんにお願いして撮っていただいたり、やってこなかったことに挑戦しました。あとは自分の経験してきたことを、ポジティブなものもネガティブなものも含めて知ってもらえるといいなと思っています。私の生きてきた軌跡はかなりマイノリティかも知れませんが、絵が描けない時期とか、うつ病だとかの経験もあるし、そういう面も含めて今の私の作品が出来上がっているので、絵を知っていただくことで同じような経験がある方や不安を感じている方に、共感と少しでもいい影響が生まれたらいいなと思っています。

保坂有美 アーティスト

和歌山県生まれ。アニメーション背景制作会社にて及びフリーランスとして多くのアニメ作品制作にたずさわり美術監督も担当。参加作品に「モノノ怪」「セーラームーン Crystal」「かぐや姫の物語」など。2018年より本格的に自身の創作活動を開始した。同年「月光荘ムーンライト展2018」(銀座・月光荘)にて入選。以後、各地のグループ展などで作品を発表している。「少女世界」(飛鳥新社)など書籍へも寄稿。最近の個展に「真ん中の世界で」(2022年、銀座・石川画廊)。「ポストカードコレクション2019」(be-kyoto)京都新聞賞など受賞多数。現在、埼玉県在住。

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