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菅野麻衣子 | Maiko Kanno

四頭身ほどの女の子たちの、コミカルなシチュエーション、意味深なポーズ。サムホールサイズから6号くらいの小さい画面の中で、それらをクラシックな流儀で緻密に描き込むのが、菅野麻衣子さんの絵です。モチーフの軽みと相反するように、私たちの日常のすぐ裏に流れている死や無情の匂いが、濃くまとわりついていて、見始めると止められない、病みつき要因となって人々を引き込みます。仙台を拠点にしながら、約10年欠かさず個展を続けており、その良さが次第に認められて、海外のギャラリーからも誘いが来るまでに。現代アート通販の「タグボート」でもどんどん作品が売れている注目株になっています。そんな菅野さんが、いよいよ初めて東京での個展をGALLERY SPEAK FORにて開くことになりました。「ゆれたスカートの記憶」展(2012年12月21日〜2013年1月16日※年末年始休廊あり)では、これまでの作風の集約を目指しつつも、ほぼ全て新作で埋め尽くすそう。仙台から上京中の菅野さん自身に、絵の描き方の実際や、なぜ女の子を好んで描くのかなど、詳しいお話を伺いました。

photo : Kenta Nakano


 

軽く可愛い世界と、描きごたえの融合

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どのように絵を描いているのか、教えてください。

菅野麻衣子(以下、M):
水彩紙を木パネルに水張りして、その上にアクリル絵の具を使って描くんですけど、キャンバスとか紙製品の整った肌理(きめ)が好きじゃなくって、テクスチュアを出すために、まず最初に下地を作ります。ジェッソを塗って、ナイフでデコボコにしたり、指の腹でニュアンスを作ったりするんです。私、下書きのためのスケッチブックはないんですよ。何を描くかは紙面をじっと見ていると浮かびます。長い時は何時間もかかるけど、早い時はぱっと。この辺にはこういうのを描いて、この子とこの子はこういう関係で、みたいなのが浮かぶんです。それを鉛筆の線であたって決めていくんですけど、自由にやりたい気分の時は、最初にだらだらっと絵の具をたらしていってできた模様や色を見ながら決めていくことも多いですね。あ、白の面積が多いな、とか。そしてモチーフのポーズも決まる。けっこうライブ感があるんです。よほど不調じゃなければ、いつでも描けますし。

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絵を描くようになるまでのいきさつは?

M:
子どもの頃から画家や作家という職業が身近だったんです。父が趣味で油絵を描くのを見ていたし、母方の祖父は営林局を退職してから木彫刻をやっていて、お寺に仏像を寄進したりしていました。しかも同じ団地内に画家の方が住んでいらして、アトリエに遊びに行かせてもらったりしていて。画家という職業が、そんなに奇抜な職業ではないと思える環境だったんです。気づかないうちに絵にのめり込んでいましたね。中学生では迷わず美術部。その頃には、画家で食べていくのは大変なんだとうっすら分かったんですが、ゴッホとかムンクとか、画集の略歴なんかを見てワクワクしていました。こういう人生なら、頑張れば何とかいけるんじゃないかと(笑)。高校は美術科のある県立高校を選びました。

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今の画風にたどり着いたのは、いつですか?

M:
高校時代はデッサンが好きな学生だったんですよ。比較的まじめ路線。でも小さい頃に姉と一緒に落書きのような絵を描いていた流れで、かわいいキャラクター系みたいなスタイルでも描けて、その両方が自分の中に存在していたんです。キャラクター画みたいな軽い世界で、デッサン的な要素、描きごたえを濃くしていくと面白いのに、と思って混ぜていった結果が、今のスタイルになったと思います。大学に入って1年目、自分のスタイルを持ちたいと思った時に、そのふたつの融合を計り始めたんです。(「せんだいアートアニュアル2003」で)「明和電機賞」をいただく直前のことでした。

ダークな感覚が扉を開けた、自分の王国

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絵のモチーフは全部、女の子ですね。それはどうして?

M:
まず曲線を描くのが好きなので、この脚の線、このスカートの形を描きたいと思うと、男性よりは自然に女の子のほうになるのかなと思います。それと、小さい女の子がお姫さまを好んで描く、その延長というのもありますね。本当は、子どもだけを描いているつもりではなくて、女子らしいアイコンを置き換えた結果そうなるだけなんですが。描けば描くほど、自分の第二の世界がここにあって、それを完成させたい、自分の王国みたいなものをこの子たちで埋めていきたいと思うようになりました。だから、今はその作業に夢中です。女の子ひとりずつの顔と表情は全部違います。何の感情も伝わらない顔では可愛くないので、あり得ないと思って消して(笑)描き直すこともありますけど。

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可愛いだけじゃない、影のようなものも絵に滲んでいますよね。

M:
学生時代、ヤン・シュヴァンクマイエルの映画がすごく好きだったし、「霧の中のハリネズミ」などロシアアニメもよく観ていました。東欧的なもの作りの影響を受けている部分もありますね。あと演劇も好きで、寺山修司が好きな先輩たちがやっていたアングラ劇団に所属して、照明や舞台美術などを手伝っていました。そういう世界に入り込んだのも、きっと自分がもともとアンダーグラウンドな、攻撃的なほど怖い感じの世界観が好きだからなんです。昼より夜が好きみたいな…。うまく言葉にできないんですが、子どもの頃からダークサイドにいる感覚、死や虚無に近しい感じがしていました。絵の女の子たちが、どこか別のところへ視線が泳いでいる感じなのも、生と死のように、見えないけれども渦巻いている何かがあって、それを見ている感じ、なのかな…。絵のシーンの後の瞬間には、何が起こるか分からない、そんな予感が影として感じられるんだと思います。

マトリョーシカ、ハンペルマンと作品集も

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今回の展覧会は、どのようなものになりますか?

M:
今回の絵は、全て室内にいる女の子たちに限定しています。この子たちのワールドを完成させるべく、いろんなモチーフを出してギャラリーの中に閉じ込めるように見せたいです。一部を除いて、2012年に描いたものばかり。1年に1回必ず個展をやるというのを、2003年くらいからずっと自己ノルマにしていて、地元の仙台で定期的に開いていますが、それは絵を描き続けるためのペースメーカーのつもりなんです。だから新作でないと意味がないんです。嬉しいことに、絵を買っていただけることが最近多くなって、予定点数がキープできずに会期直前で追い込まれていますけど。マトリョーシカとハンペルマンの新作も展示します。女の子がぽこぽこ入れ子になって入っているマトリョーシカは、自分の世界観にすごくぴったりきますし、ハンペルマンは、ヒモを引くと手足がバタバタ動くシュール感が好きで、たくさん作ってみました。それと、初めて作品集も自分で作ってみましたので、ぜひ手にとっていただきたいですね。

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近い将来の目標を聞かせてください。

M:
画家として成熟していきたいです。誰のようになりたい、というのはないんです。描くのが本当に好きなので、絵のことだけを集中してやっていけたらと。3年前くらいから、ロンドンの画廊に作品を預けて売ってもらったり、ロサンゼルスのギャラリーのグループ展にも誘っていただいたりするなど、海外でも発表できるようになって嬉しい反響もいただきます。海外でももっと展開していけるようになるといいですね。知らないことがいっぱいですから、それを知るだけでも面白いじゃないですか。

菅野麻衣子(アーティスト/イラストレーター)

1983年宮城県生まれ。宮城県宮城野高校美術科を卒業後、仙台を拠点に創作を開始。2003年、せんだいアートアニュアル2003にて「明和電機賞」を受賞し注目を集める。2006年、東北生活文化大学生活美術学科を修了。以後、精力的に展示活動を行いながら、GEISAI#11(2008年)、アジア女性美術交流展(韓国・2007年)や、International Art Fair(ロンドン・2010年と2011年)にも出品。2012年に参加したグループ展に「game over show」(ロサンゼルス・Giant Robot)、「東北作家5人展」(愛知・ギャラリーエム)などがある。雑誌や広告も手がけるなど幅広く活動中。

http://maikokanno.jp/


「ゆれたスカートの記憶」展についてはこちら
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菅野麻衣子さんの商品はこちら
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