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長谷川洋子 | Yoko Hasegawa

レアファブリックやアンティークな素材などを画面上に精巧に組み合わせて仕上げられるのが、長谷川洋子さんのコラージュです。女性なら誰しも憧れるようなファンタジックなシーン、モチーフを情感豊かにビジュアライズするのみならず、素材を吟味し固有の色合いや輝きを操って「描く」という、まるでクチュールドレスの仕立て人のようにユニークな手法は、デビュー以来高く評価されてきました。百貨店やコスメブランド、アパレルメーカー、ファッション誌などを中心に幅広く活躍している長谷川さんですが、印刷された絵では、そのマチエール(素材)感の素晴らしさを完全には味わえないもの。そこで、GALLERY SPEAK FORにて開かれることになったのが「金色のノクターン」展(2016年4月15日〜27日)です。現在のユニークな手法にたどり着くまでのいきさつや、素材への着眼点、幻想的な絵の源にある自己の体験などまで、ギャラリーにお越しいただいた彼女本人に詳しくお話を伺いました。

photo : Kenta Nakano


 

希少素材と高級感をコンセプトのひとつに

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絵ができあがるまでのプロセスを教えてください。

長谷川洋子(以下、H):
まず、鉛筆でラフを描きます。刺繍の図案のようにしっかり描き込み、お仕事で描く時にはその上から色鉛筆で着色しますし、どんな素材を使うかをデジタルで当てはめてお見せすることもあります。それからイラストレーションボードを土台にしてコラージュ作業に。詳しくはお話しできないのですが、布を使用しつつ、いっさい糸を使用せず貼り付けていくんです。布がほつれないようにする方法を自分で編み出し、精巧に仕上げています。使用素材にもこだわっているのも特徴ですね。基本的にヴィンテージのものが多く、スパンコールやビーズ、レース、デッドストックの紙やパフュームラベルみたいなものも使ったり。現代的な素材ではマニキュアや岩絵の具を使うことも。イメージどおりの色がない場合には、白いレースを染めて色を作りますし、ビーズやスパンコール、紙なども手間をかけて加工し、ピンセットで一枚ずつ貼っていきます。

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イラストレーターになられたいきさつは?

H:
デッサンは高校生の時から習っていましたが、イラストレーターになりたいなと初めてはっきり思ったのは18歳。でも決定的だったのは大学卒業後に就職したアパレルの会社を辞めた時ですね。ビジュアルマーチャンダイザーの職種で採用されたんですけど、生活は安定していても、好きな絵とは関われないということが分かり2年ほどで辞め、青山塾に行ったりするなど、本気になって(イラストレーターを)目指しました。会社を辞め1年間だけは生活する余裕がありましたが、逆に自分らしい個性が(1年の間に)早く欲しかったんです。アクリル絵具で描かれる方はたくさんいらっしゃいますし、ちょうどコラージュが注目され始めた頃でしたから、自分の好きなヴィンテージ素材やアンティークのもので絵を描いたら、と思いつきました。それで描いてみたところ好評をいただいて、描いた2作めか3作めで「ザ・チョイス」に入選することができ、今に至るまでやってくることができたんです。素材がレアであることや高級感も最初からコンセプトにしていました。ファッション業界で働いていたことが大きいですね。品質にこだわるハイブランドの会社で、非常にいい素材ばかりを見てきたので、コラージュにしてもチープなものを使いたくないと思っていました。田辺聖子さんの著書の装画を描かせていただいた時には、時計のパーツをいっぱい集め、針やネジなどでコラージュをしたこともあります。

ものづくりを触発してくれるバレエの美学

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どんな時に絵のイメージが浮かびますか?

H:
作品作りの根底にあるものは、小さい頃に思い描いた夢のような世界や、プライベートな大切な想いを表現したいという心です。今のコラージュスタイルになってからは特にクリムトが好きで、生誕150周年の年にはウィーンまで出かけました。エミール・ガレやドーム兄弟も好き。絵画よりも、ガラス製品とか工芸品、香水瓶や櫛などプロダクト的なものの装飾性からインスピレーションを受けていると思っています。お花の色合い、空のグラデーションなど自然物から受けるインスピレーションも大きいですね。面白い素材と出会うと、例えばこのレースを花弁に当てはめたら面白いんじゃないかとか、服にしたらきれいなんじゃないかとか。その素材を使いたいから描く主題が決まるということも(笑)。そしてバレエもクリエイションの大切な源泉です。私は大人になってからですが、プライベートで7年くらい習っていました。バレエ教室の先生や生徒たちの佇まいや動きがすごく美しく、そこから着想を得ることが多くなりました。バレエではそれぞれのポーズに意味があるので、その表層だけを描いていても限界があるんです。とてもストイックで特殊な世界。筋肉をきちんとつけた上での柔らかな表現で、本当に尊敬している世界です。

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今回の展覧会について説明してください。

H:
ギャラリーで開く個展は4年ぶりです。タイトルには「ノクターン」というワードをぜひ使おうと思っていました。真夜中の活動とか、ショパンの夜想曲の意味と、夜を描いた絵、などという意味があるんですけど、夜の静かで特別な空間で生まれた世界、みたいなことを表現したくて。暗く静かになり過ぎないよう、ちょっと相反する感じにしようと「金色の」とつけました。作品は仕事で描いたものが中心で、約半数はここ数年の近作です。初めてお見せする原画もかなり多いですね。全部で約60点を予定していますが、実はあと2回くらい個展ができそうなくらい、絵はいっぱいあるんです。そこから選りすぐって展示し、イラストレーターとしての10年の活動の成果をお見せしたいと思っています。

食器として使えるグラスペイント作品も

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物販アイテムについて、2〜3、おすすめしてください。

H:
グラスペイントのアイテムがたくさんあります。戦前の和食器や、50〜60年代ヴィンテージ、デッドストックの白磁の小皿などにグラスペイントをしたものを販売します。全て、手で描いた一点ものです。しかも人体に無害な画材を使用しているので、絵皿として飾るだけでなく本当に使っていただけたらと思っているんです。あとはトートバッグ。一部ハンドペイントで、ヴィンテージのビジューやタッセルとかをつけて。これはスペシャル・エディションみたいな形で数量限定販売です。また、初めてヴィンテージのタイルも使いました。80年代のタイルにペイントしたものを焼き、マグネットやブローチにしたもの。それに少しアンティークのラインストーンなどをつけます。初めて作ったアイテムなので、ぜひ手にとっていただきたいですね。

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近い将来の目標をお聞かせください。

H:
昨年、ランドスケープをオリジナルで描いてから、そうした絵の依頼も増えてきています。今まではファッション関係やコスメ用品のクライアントが多く、女性的なイメージの絵が多かったんですけど、もうちょっとユニセックスな感じのお仕事を広げていけたら。絵の実験は時々やっていますよ。マニキュアを採り入れるようになったのもそうですし、最近アクリル絵具で絵を描いて、部分的にビジューをつけるタイプも始めていて、そちらでもお仕事をいただけるようになってきています。今回の展示用にグラスペイントを描いてみて、ステンドグラスのような絵具の透明感、キラキラした感じが自分に合っているので、アクリル板に絵を描くということにも興味があります。今後は原画の細部やテクスチュアをじかに見ていただけるような展示機会を増やしたいですね。関西など地方でもできるようにしていきたいし、パリで個展を、というお話も以前からいただいていて、それは絶対に実現させたいと思っています。

長谷川洋子 イラストレーター

1981年、静岡市生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科を卒業後、アパレル企業勤務を経て2006年よりフリーランスのイラストレーターとして活動を開始。「SPUR」「VOCE」「日経WOMAN」などの雑誌や書籍、広告、カタログ、商品パッケージなどを多数手がける。装画を担当したおもな書籍に「Tanabe Seiko Collection1〜8」(田辺聖子著、ポプラ社)、「カーリー」シリーズ(高殿円著、講談社)など。TIS公募での連続入選(第6、7、8回)の他、第1回「イラストノート」ノート展大賞など受賞多数。

http://www.haseyoko.com/


「金色のノクターン」展についてはこちら
http://blog.galleryspeakfor.com/?eid=693