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神崎智子 | Tomoko Kanzaki

モチーフの輪郭や特徴を、繊細な描線で表現する神崎智子さんの版画作品。硬質で、かそけき線画による絵は、紙の風合いと相まって情緒をつくり出す禅画や襖(ふすま)絵のように枯淡な話法を持ち、見るものの空想力を追い風とするときスケールの大きな印象となって膨らむのです。これらの味わい深い絵は、ガリ版(謄写版)という現代ではもはや遺産的というべき版画技法で作られています。ある時その面白さを発見した彼女は、古い手引書を手に独学で制作方法を探求。自らの方法論として昇華し、鉄筆を手に次々と絵を作るようになりました。人工物と自然物とが響きあう世界観をおもな主題として制作、展示活動を続ける一方、その技法自体をワークショップによって一般に普及する活動も継続。世界でも珍しいジャンルの数少ない作り手による圧倒的にユニークな創作群は、コレクションする価値が多いにありそうです。個展「Mimeographer」(2015年10月)をきっかけに、神崎さん自身に制作の経緯と今後の可能性を詳しく伺いました。

photo(portraits) : Kenta Nakano


 

謄写版との出会いと、技法の確立

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絵はどのような手法、プロセスで制作されていますか?

神崎智子(以下、K):
謄写版で刷る版画です。別名「ガリ版」といわれる方法ですけれども、版画のなかでは孔版という分類で、穴があいた版を作ることによって描画が刷られる仕組みです。シルクスクリーンとよく似ていますが、日本発の孔版ですね。この技術自体はだいぶ廃れてしまったものですが、私は版画技法として使っているんです。まず下絵を描き、その上に和紙に蝋(ろう)を引いた原紙を置いて、鉄筆でなぞって絵を写しとります。それをヤスリという板に置いてまた再び鉄筆で描画する。それが製版ですね。それをスクリーンに貼りつけ、油性インクをつけたローラーで刷るんです。版画用の油性インク以外に油絵具を使うこともあります。一度に約200枚は刷れるのですが、スクリーンから取り外したあと、版はかなり弱いものですから刷り直しはできません。一版一色が基本で、二色表現をする時には同じプロセスを二度、行うことになります。

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アーティストになられたきっかけは?

K:
絵が好きでしたから中学時代は美術部に入っていましたが、学生生活から絵について刺激を受けたということはあまりありませんでした。高校時代のある時、図書館でロバート・ラウシェンバーグの画集と出会ったことが大きかったですね。今につながるコラージュ的な絵づくりについての影響は受けました。また、もともと印刷にも興味があったので、京都精華大学に入る際には4版種を学びたいと思い、印刷する技法だからと単純な解釈で版画のコースを選んだんです。大学では武蔵篤彦先生のゼミに入り、ポリマー版画に打ち込みました。しかしかなりの機材がいる大がかりな技法ですから、とても家ではできない。アトリエを借りなければという規模ですから、なんとか個人レベルでもできる印刷技法はないかと探し、謄写版を見つけたんです。そこからはほとんど独学ですよ。ネットオークションで昭和30年代の手引書を見つけて読んでは、自分のやり方を修正したり、新しいやり方を発見したり。そうしながら今までやってきました。

絵という名の「庭作り」を手がける

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庭や盆栽、また器やハサミなどの道具をモチーフに選んでいるのは、なぜですか?


鉄筆で描画する製版工程の様子(神崎さん提供)

K:
ある雑誌の表紙だったのですが、盆栽に模したオブジェを見て非常に触発されました。自然なものに対して人の手を加え、自然なものと異質なものを組み合わせることで盆栽らしく見せている。相反するもの同士が美を織りなしていると思い、非常に惹かれ、そこから盆栽のシリーズを続けています。庭のシリーズはその延長ですね。盆栽も庭も、自然美でありながら必ず人の手が介在している人工自然美という面白さがあります。「作庭記」というのは平安時代の庭園書ですが、それによると、庭を形づくる三要素とは、水と木と石だそうです。私も茶碗で水を暗示していたり、人の手わざを表すハサミなどをコラージュ的に植栽の中へ配置したりしますが、どんな物を選ぶかという点には、やはり自分の感性が作用していると思います。日本の庭園だけでなく、中国では故事や寓意を込める「園林」という庭作り思想があります。その人の生活や思想から派生し形成されるのが庭であるとするなら、私もできるだけ身近なものを組み合わせ、絵の中で庭づくりをしているわけです。絵という名の庭作りをしている感覚なんですね。またそこにはロバート・ラウシェンバーグのコラージュから受けた影響も入っています。彼は私の目標のひとつでもありますけれど、それも絵づくりのスタイルのひとつかなと思って取り入れています。

有機的につながりあうモチーフ

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2015年には、大きな個展「Mimeographer」を開催されました。

K:
フォトグラファーではなく、ミメオグラファーである点にまず意味があります。謄写版で版画制作を行っている人は非常に少なくて、一般には、謄写版だと写し取れるものは文字や簡単な線画程度クオリティ、という認識が一般的だと思います。実はやり方次第でここまで版画として表現の深みが作れるのだということを紹介したいという思いで、私は活動しています。この手法で制作を始めて10年の記念展でもあり、タイトルには私のその揺るがない姿勢を込めたつもりです。この前回の個展まではシリーズごとにまとめて発表するのが主眼でしたが、GALLERY SPEAK FORの広い空間では制作してきたことの全体像を見ていただきたいと、どの制作時期のものも網羅されるようにしたのですが、設営が終わって見渡したとき、稲、スズメ、お椀、道具、というようにモチーフが有機的に繋がっていることが私自身でも再確認できた場になりました。自己発見の多い新鮮な体験でしたね。

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制作している作品の傾向に、どんな変化がありますか?

K:
謄写版を使い始めた初期の作品では、いろいろな要素を混ぜた構成要素の多い絵を制作していました。最近では、あるひとつのモチーフだけのものが多くなっていますね。その素材、単体の資質と向き合っている時間のほうが面白いという感覚があり、そうなっていますが、それは私にとってきっと、まだ通過地点なんだと思います。またここから組み合わせによって面白い絵作り、コラージュ作品などもできればいいなと思っています。

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今後の目標をお聞かせください。

K:
2015年9月に自分のアトリエを構えることができたので、大型の絵もできるようになりました。ますます多くの作品を作っていきたいと思っています。またそこを「謄写版の基地」的なものにしていけたらと。謄写版技術のアーカイブです。普及活動のひとつとしては、各所で開いているワークショップも好評なので、ぜひ今後も続けていきたいですね。謄写版を使った作家としては、日本で数名だと思います。謄写版での創作版画を提唱された若山八十氏(わかやまやそうじ)さんら先達の活動も貴重なものでしたが、すでに30年以上前に亡くなられています。もともと職人さんとしてやられていた方たちはいらっしゃるんですが、今、一番フットワークが軽い年代というと、私たちになるわけです。謄写版はユニバーサルな技法ですし、海外でも展示してみたいと思いますね。韓国では”Mimeograph”と言っても最初は通じなかったんですが、日本語で”謄写版”と言ったら通じました。原型の考案はアメリカでありながら、日本で独自開発された技術が海外へ輸出され普及した歴史があります。日本はローラー刷りのガリ版印刷が主でしたが、ヨーロッパでは輪転機が開発され世界的に広まりましたね。そのように、この技術は世界言語だとも言えるわけで、制作活動を充実させながら、購入したいと思っていただけるように質を高め、このジャンルを粘り強く普及、発展させていく使命も私にはあるのだと思っています。

神崎智子 版画家

1983年、大阪府生まれ。2006年、京都精華大学芸術学部版画専攻を卒業後、本格的に創作活動を開始。謄写版を用いた版画制作をメインに、国内外で作品を発表している。最近の個展に「Blue and White」(2013年、大阪・アートカクテル)、「Mimeographer」(2015年、GALLERY SPEAK FOR)がある。2013年、和歌山県立近代美術館「謄写版の冒険」への出展他、グループ展への参加多数。「技術ピックアップ講座 謄写版」(2015年、町田市立国際版画美術館)にて講師を務めるなどワークショップを各地で開催している。

http://print.pepper.jp/


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